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ケイトウの花だけが見ていた (中篇)

 描かれていた 本条氏による「告白書」は かなりの分量でした。

リクなりに 出来る限りわかりやすく、再編したモノをここに記します。


本条家は、長く 南葉山、正確には 横須賀市秋谷で 庄屋および網元として君臨した大名家で、
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清彦氏からしたなら 曾祖父は男爵の爵位を拝命する 貴族院議員っていう 文字通りのエリート家系で。


ただ みなちゃまもご存知のように、1945年の「敗戦」それによる 農地解放政策や、諸々の既得権廃止の事柄により、

さしもの名家 本条家も、ずいぶんとそれまでの資産や家作を減じてしまうって結果となり、
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清彦氏が物心つく 昭和20年代の後半には既に、すっかり落はくって程ではありませんが、

「モノ」として残っているのは 秋谷の広い家屋敷、わずかに残った他の不動産、それでも、「喰ってくのに必死」なんて状態には程遠い、

しがない庶民 労働者のレベルからするなら、羨まれてもしかりの、『ノンキに暮らしてやがる…』って陰で悪態つかれる生活だったと。

家作と 保有していた戦後有望企業からの株主配当で 悠々と暮らせた それが本条家で。昭和の20年代に 土曜日の夕餉には テーブルにビフテキが並び、メドックの葡萄酒が当たり前のようにあったという生活。
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三喜彦の父親 当時の本条家 当主である仁左衛門 氏は、県会議員を務めるヒトでしたが、

三喜彦が まだ4歳の頃、葉山から秋谷に広がる 地元の湾岸道路で、無灯火の上 飲酒、暴走していた 横須賀ベースキャンプのGIらが運転するジープにはねられ大怪我…命に別状在りませんでしたが、下半身不随 車いすの生活となり・・・
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それでも 敗戦国ニッポンの哀しさか・・加害者のGIらは、ロクに裁判も行われぬまま 当時最盛期でもあった 朝鮮戦争の38度線 最前線送りでチョン!

管理義務の米軍からは「賠償金500$」それですべては『無事に円満解決』って運びと。。。


下半身不随となった仁左衛門ですが、三喜彦が書き遺した表現によるなら…『不完全なロクデモない下半身不随』で・・・

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要は、動かなくなった下半身、だけども・・皮肉といいますか、【 性的機能のみは無傷だった 】のですと。。。


やはり、三喜彦の記述によるなら、仁左衛門の性欲は 以前に増して亢進されてしまったのだと。。。

もはや 議員の仕事も不可能となった仁左衛門氏は、気持ち的にスッカリと 世捨て人と化し・・・

さしあたって「するべき仕事も無い身」朝も起きだしては、朝食って以前から 「酒だ」「風呂だ」ってンな状態。。。

その風呂ってのも、下半身が利かない仁左衛門、それでも老齢ではなく、オトコ盛りゆえの 意地も有り、
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利かないカラダを引きずりながら、介添えとか 一切拒否して独りで済まそうって試みるものだから・・・

ぶっちゃけ 絶えず転んでは起き上がれない、生傷が絶えず、時に 浴槽で溺れる寸前になるって始末で。。。

そうしているうち、これまた「突如」・・・細君、三喜彦の実母 より子が心臓病で「急死」しましたそうで。

三喜彦が より遺伝が強いと思われる自身の健康を慮り、遺言を書き遺したのも このせいではないか?って気持ちも。
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           幼くして実母を亡くした本条氏

元々の心臓の持病があったせいでしょうが、事故により 皮肉に亢進されてしまった 仁左衛門の性欲を一手に観に受け手の事と・・・

やっぱ・・精力的に動き回っていた 壮健な夫が急な事故により、《カタワ》と化し、ズっと家の中に「くすぶっている」それへの心的ストレスは多大であったろうと清彦は書き遺しています。


しかし・・葬儀も済んで 状況を振り返りますと、細君が死んだことにより、この秋谷の広い屋敷には、下半身不随の父親と、三喜彦が居るダケって「在り様」。。。


女中っていうか、かなり年老いていた「ばあや」は近所から通いで 早朝から深夜までいてくれる関係で、炊事と洗濯等には困りません。
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         財産だけではどうにもならないのが家庭ゆえ

でもやはり、「一家にオンナ手がナイ」ってのは、なにかにつけ面倒が生じていたようで。


鎌倉の 小町に今も現存する「清川病院」そこの伝説の名医 清川謹三と懇意だった仁左衛門は、仁左衛門専用の看護婦を雇い入れるゆえ、世話を依頼したそうで。
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ですが 謹厳な清川謹三院長は、仁左衛門の今の状況と、亢進された性欲を考慮し、「謹厳実直」であり、「なにより頑健」そして…言いにくいですが「♂として その気にならない」・・・

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       実用100%の櫻井を紹介

リクめの応対に出てきました《櫻井》という看護婦を仲介したそうで。

そうやって、「表向きの面倒ごと」はカタがついた。しかし・・・一向にナンの改善もされないままなのは 仁左衛門の「性欲の処理」で。。。


ようやく小学校へと上がる 三喜彦の記憶によるなら、住込みで 看護婦の櫻井が一種の疑似家族となった と・・同時に。。。

屋敷には、さらに・・・【 ふたりの 若いオンナ 】・・それが同居することになっていたと。。。


鎌倉ってのは、ご存知の如く 旧い観光地として、性的風俗などとは無縁にも思える 見た目 清廉な土地ですが。

それでも、江戸から明治にかけての 江戸っ子の観光「江の島参り」江の島観光を終えてから帰途に就くって前には、

藤沢街道沿いには、リッパに(?)遊郭があったそうで。はい。

江の島にて 弁財天拝んで、帰りの藤沢では ベツの 観音様拝むって感じですわナ いひいひ♪


仁左衛門は そこから、早いハナシが「カネでもって 見受け」したんですナ。若いオンナふたり・・奇矯なことにそれは「双子姉妹」で。。。
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「ただ独りじゃつまらん」ってダケではなかったような・・・三喜彦は優秀な研究者だけあって、父親の一種《異常な捻じ曲がった性癖》それについて言及していましたが それはココでは割愛します はい。

その双子姉妹、今も生きてても不思議でない歳だとは思いますが、「その後の」生死は不明で。

三喜彦いわくに、昭和恐慌で借金のカタに遊郭に売り飛ばされたって娘ららしく、彼女らは「文盲」だったと。

幼い三喜彦が 彼女らに読んで聞かせる童話や絵本に聞き入り、「坊は偉いねぇ…キチンと文字が読めて」って、少し悲しげな顔でいつも誉めてくれたと。
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しかし「その代わり」ってのか?? たぶんに幼い時分より 業者らにより 仕込まれたであろう「性技」については、三喜彦いわく「スゴいものがあった」そうで。


ほぼ 日中夜間を問わず 屋敷の外にまでも響き渡る 双子姉妹の嬌声 笑い声 喘ぎ声・・・

付き添い看護婦の櫻井は、良く言えば「寛容」悪く言うならば「あくまでビジネスライク」で、仁左衛門の「ご乱行」については、見えてない、聞こえない姿勢を貫いていたと。

三喜彦自身『ついには《それ》は 家にとり、ワタシ自身にとっての《日常》と化し、なんの違和感も抱かなくなった。地元の人間らは、近くを通りかかると 耳をふさぎ顔をしかめ 足早に走り去るようになった』と。


・・・思い描きますに、まさしく「異常な空間」ですが、【それでも そこそこ】…本条家としては、平和であり安定した期間だったと云えて。。。


「思わぬ騒動」が起きたのは・・・その 2人 + 3人での奇妙な同居生活がはじまって 2年になろうかという時期で。

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双子の姉妹それぞれが・・葉山の猟師の兄弟、それまでにも時折、腰越の魚市場から、鯛やハマグリ、アワビとかを 本条家に納入していた出入りの猟師の逞しい体躯の兄弟それと「駆け落ち」してしまったのですと。

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クルったように 仁左衛門は4名に「追手」をかけましたが、正直、ドコへシケ込んだかの 目途はついているにもかかわらず、

マジメに 真摯に探索をするカネで雇った人間は居なかったのだと。それはそうっていうか、性欲にクルったカタワの壮年・・

最近では 怪しげな各種の精力剤、ついには…ヒロポンにまで手を出しているって もっぱらのウワサの 云いますならば『怪人』・・
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不具と化しても 色ボケだってことで 見下されていた気配もアリアリのうです はい。


いかに学がナイとはいえ、若い婦女子にとって、ンな怪人と、颯爽と逞しい若い猟師とドッチがイイか?ってなら 答えは明白。。。

2月後には、ニヤニヤしながら オンナらと逃げた兄弟は、葉山の漁港で見かけるようになり、地元もそれを受け入れて。

兄弟にしてみれば、本条家という 大得意先を失った訳ですが、ぶっちゃけ『単に それダケのこと』・・・

若く綺麗なオンナ ゲット出来たのですから 言う事も無し♪で・・・。

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・・・で、ココからが リクと八百政ともどもに 思わず『う~ん・・・コレは・・』って、唸ってしまった記述へと入ります はい。


 ワタシ三喜彦は、そんな《かれら兄弟》が許せなかった。。。

かれらは あからさまに「いんちき」を繰り返していた。腰越市場よりの逸品だと偽り、我が家へと納入する鯛やヒラメ アワビのそれは、

価格としても格段に落ちる、秋谷のすぐ隣の 佐島の漁港で仕入れた「それ」だったのだ。

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            当時の佐島港は格段落ちの二流港で
             
「そうであること」を父は知っていた。それでも、それが佐島であろうが 腰越であろうが、上空から俯瞰するなら 同一の相模湾、同じ海よりの産物であり、味にたいした変りなどは無いと。

先の大戦で父親をはじめ、上の兄らをすべて失くした兄弟を 父は密かに支援しても居たのだ。兄弟は その気持ちを裏切ってみせたのだ 身体の不自由な父のことを嘲笑い・・・ それが「許せなかった」。


その当時 小・学生だったワタシは、1年後に死んでしまったが 犬を飼っていた。

夏の 明けきらぬ ごく早朝に、その犬を連れ ワタシは葉山の漁港へと向かった。

子供の目にも 相当の中古品、ボロっちい 兄弟のいつも乗っている 小さな漁船あそこへと着いた。まだ地元漁師が起きだすにも早い時刻だった。
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ワタシはズボンのポケットから「あるもの」を出した。それは、家に出入りする大工職人が置き忘れた「糸ノコギリ」だった。

地元公立小・学校に通っていたゆえに、ワタシには知識として《小舟の弱点ポイント》についてのそれがあった。

焼き玉エンジンの 昭和30年代の粗末な小舟、小さくとも流石はプロの大工職人が使用する道具です、いとも簡単に 糸ノコで 底板部分には穴が開き・・・

細めの茶筒ほどの丸い穴に、ワタシは持参した もうひとつの「あるもの」・・それは《塩化マグネシウム》要するに 豆腐製造にも使用する《ニガリ》圧縮機械で極限まで固めた、それを穴塞ぎとして「詰めた」。

3時間もするなら、塩化マグネシウム、硬く固められた「それ」は、海水の浸透圧により溶け出す 完全に。。。

はっきりと自覚していたと記憶する それがワタシにとっての、父を裏切った兄弟への「復讐」だったと。

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 ちなみに その朝…いつも通り 漁へと出かけた兄弟の船は 2度と漁港へは戻らなかった。逃亡した 双子の姉妹の消息も未だ不明であることを申し添える。


その後 どういう経緯であったのか?子供だったワタシには判然としない。近隣のウワサでは、またもや父親がカネでひっぱたいてモノにしたのだろうって、囁かれたようだが真偽はわからない。

唐突に 父は再婚した。かなり年下の花嫁。父との歳の差よりもむしろ、ワタシ三喜彦との歳の差の方がより近しい、当時 二十歳を少し過ぎた程度の ごく若い 女性で。
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義母にあたる その人は「よいひと」だったと記憶している。そして なんとも なまめかしく かつ 美しい・・・


 「それが」・・・ある意味で 最大の問題だったのである。。。

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父も 看護婦の櫻井女史も 考えが及んでいなかったのだろうと推察する。かれらにはワタシ 三喜彦が既に【 オトコとしての《性欲》が芽生えていたという事実に 】。
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「新しい母親」というよりも、ワタシ三喜彦にとっては、完全に《妖艶な性的魅力を発している【♀】》それが 我が家の日常風景に飛び込んできた。

多少 ませていたと自覚するが、もはやワタシは、以前の双子姉妹と父との嬌態をやり過ごせる程の 性の知識も無く 純朴だった少年では「なかったのだ」。。。

初めて覚えた「手淫」、それの妄想の「オカズ」も 母だった。いつも毎日細やかに、父とワタシの世話をしてくれる母。

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ワタシは彼女に対し、もう既に 心の奥では、子供ながらも淫乱そのものの妄想を始終 抱いていることを 意識してけっして悟られないように最大限努めた。

そうしないと、ギリギリ・・まるで やじろべいのように、必死でバランス、均整を保っている我が家は 無残に瓦解してしまうだろうと思ったからだ。
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小・学生の息子が 既に 薄暗き性欲に毎夜毎晩 身悶えしていることを 絶対に悟らせてはならないと。。。


庭に面した物干しから幾度か、母の下着が盗まれた。パンティー、ショーツなどという名称よりもまだ、「お下履き」と称されていた時代の なんのこともないただの 白い婦人用のブリーフでしかないが。

無論というか 犯人はワタシだった。かすめ盗った 母の下履きを ワタシは狂った想いで、妄想、手淫の欠かせぬアイテムとした。行為の果てに 精を下着に向け放出するたびに、
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ワタシは妄想として完全に 母を征服、父のオンナを寝盗ってやったかのような 勝ち誇った想いに酔いしれていた。


だが・・・ある意味で 最悪に「恐れていた」・・・怖ろしき事実が露呈してきた。。。


清廉であり 貞淑で 清らかだと思っていた「新しい母」の、隠されていた もうひとつの【 暗黒面 】。。。

ワタシは目撃してしまった。どうして?目撃したかについては説明を要するので割愛するが、家の屋敷が広かったせいもあり、死角はいくらでもあったゆえと云えましょう。

「1人目」は・・・今でいうところの《リフォーム会社》、大正期に建てられた我が家を破損や損耗の箇所を修理及び管理をいたしていた関係の会社の30代の営業員。

そして「二人目」は、屋敷に出入りの《庭師》庭師親方の助手で、親方の遠縁であるらしい 二十歳前後の若者。

滅多には家人も来ない、建物の死角とも呼べる、廊下の奥のスペースや、仏壇部屋、箪笥部屋といった場所で その秘密の逢瀬は繰り返されていた。
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ではどうして?ワタシ三喜彦がその事実を知りえたのか? 最初のキッカケは、当時の少年層に流行していた「忍者ドラマ」それの影響でしかないのだが、

暗い性の意識が芽生えてからの それの行動は、やはり当時読んでいた 江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」だと思う。

体重は軽く、かつ身のこなしには自信があったワタシは、折々に 天井裏へと忍んでは、目的は 言うまでも無く 母の裸体とかを天井から 眺める事。
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当初は 母の裸体、細身の骨格に似合わないぐらいの豊かな乳房、そして 白壁にこうもりが止まったかのように観える 漆黒の陰毛…それさえ目撃できるならば それで目的としては満足だったのが、思うならば 次第に「その行為」が病的にエスカレートしていったのだろうと思う。


そうした折、母とオトコらとの不貞行為を目撃してしまった…。そしてワタシは、母の二面性を憎むことよりむしろ、母を「奪い取りモノにしてやりたい」・・その気持ちがどんどんと強くなっていったのだ。
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それだけでは済まなかった。少年のワタシにとって、正直 理解できなかった《異常な様相》・・・お抱えの看護婦だった《櫻井女史》と母の【レズビアン行為】。。。


いつものように、天井裏より睥睨しているなら、母の寝室へと櫻井が入ってきて 《奥様 肩がお凝りのようですね。マッサージして差し上げましょう》と。

うつぶせに伏せている母へマッサージが続き やがて《ああ気持ちいい、ずいぶん楽になりましたわ櫻井さん もう結構ですから》と母。

そうすると櫻井は不敵な感じに微笑み・・《満足した?それじゃあ今度はあたしを楽しませてよね》いきなり 乱暴な感じで母へと覆いかぶさったのだ。
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さすがに動転したらしい母が《どうしちゃったの??櫻井さん。やめて、いけないわこんなのって!》っと拒否を示すと 桜井は激怒して、

櫻井はドスの利いた怖い声で《自分でもわかっているんでしょうが!アンタのカラダそのものが、周りの人間すべてを狂わせる そんないやらしい妖気を放っているのよ!まだ子供の三喜彦坊ちゃんだって、やがてはアンタのカラダの虜になるのだわ 違いない》と。
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そして櫻井は乱暴に 母の着ていた夏物 薄い浴衣の前部分を押し開き、母の両の豊満な乳房をオトコみたいに揉みしだいては、

顔を乳房に押し付けて、桃色にけむったような乳輪を丹念に舐め上げ、愛撫に応じ 屹立したピンク色の乳首を吸い上げたのだった。

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《ああ!やめてください!いけませんわ こんな!・・》混乱し 身悶えしている母、屠られる直前の草食動物を観ている気がして ワタシの心には、狩人のような残酷な征服観念がもたげたのを記憶している。

やがて・・櫻井の手は、母の下半身、漆黒の茂みへと伸び、母の抵抗もそれまでだった。。。同じ同性、2匹の蛇がうねるような 異常な行為を眺め降ろしながら、ワタシは大量の射精をした。


・・・なんだ・・狂っていたのはボクだけではないのじゃないか。この家にかかわる人間らは全員が狂っている・・・もう遠慮なんてするものか。。。

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            若き悪魔 ここに覚醒す か・・・  後篇へと続きます





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アンサー不要です リクさん

 途中経過までの感想。

緊迫感がはんぱ無い、スリリングな内容と展開ですナ。。。

小生 不思議にも、『すごく懐かしい気分』になりました。
日本がまだ 全体に今よりものんびりして そして貧しくて、
昭和のその当時の「空気感」が ふつふつと心に甦るような気がしましたねぇ。
それにつけても 空恐ろしき告白。。。
後篇が気になってしかたない小生です。

懐かしい・・

秋谷に佐島、そして腰越
次々と懐かしい地名が出て来る、何だこれは?
ピエロが東京から逗子に引っ越したのは確か、25~26の時だったと思うけど
なんせ海好きだったから、秋谷、長者ヶ崎、小磯、森戸なんかは良く潜りに行ってた所
今じゃ佐島と腰越じゃ比較にもならないほどだと思うけど、腰越がそんなに有名所だったなんてねえ、ちょっと信じられないねェ

葉山って秋谷もそうだけど、森戸当たりでも狭い小路に見晴らしのいい家が彼方此方にある
森戸には葉山を代表する真名瀬って漁港もアルよね
鐙摺には、神近市子と大杉栄の例の事件があった、日影茶屋もある
だからこじ付けで言うわけじゃないけど、葉山って、丁度今回の物語戸なる土壌がそこらにあるって気がする

ちっぽけな漁師町に金持ちの別荘
この差がより人の持つ『欲』を助長するんだろうね
乱歩より、横溝風の展開に期待が持てそう(^^)

Re: アンサー不要です リクさん

 てへへ・・・まぁ そ~言わずに(笑)

もう既に 完結篇もお読みいただいたと思うのですが、

時代の空気感というのが やはり、リアルタイム事象として 経験されたヒトの原文だけのことはあると云えますよね。
わたいには わかりますようでいて、イマイチ、「既視感が乏しい」ってか、物心ついたらもう80年代ってのがハンデになったようにも感じています はい。

Re: pierrot le fou さまへ

> 秋谷に佐島、そして腰越
> 次々と懐かしい地名が出て来る、

お空から 俯瞰するなら ピエロさんならば ホンの 隣町とも申せますよネ?
バマにはしてませんが、どこか・・斜に構えて否定の念も有る 葉山とかの近辺ですけど、
コレが 実際行きますと、やっぱり あそこいらは「別格」っていえますわいなぁ うむうむ。。。
気候と風景は まさしく「天国もこういう感じなのだろうナ」って そう思わせる。

> 葉山って秋谷もそうだけど、森戸当たりでも狭い小路に見晴らしのいい家が彼方此方にある
> 森戸には葉山を代表する真名瀬って漁港もアルよね

でもですネ、現在の 秋谷付近は、豪奢な別荘や保養所は増えたのですが、それの反対現象として、
シャレではない 地元人口の流失・世帯数の減少に悩んでいるのですと。。。
風景は良くとも、次第に そこで暮らす人々、遊ぶ子供らの姿が亡くなっていくというのも なんかせつないですね。。

> 鐙摺には、神近市子と大杉栄の例の事件があった、日影茶屋もある

はいはい 神近市子からむ「日影茶屋事件」でおますよネ?
アレなんかも興味アリアリなんですが、でも わたいは、オナゴの恨みはかってない「ツモリ」でス いひいひ♪(^^;


> ちっぽけな漁師町に金持ちの別荘
> この差がより人の持つ『欲』を助長するんだろうね

太平洋へと続く 相模湾が流麗に開けた風景、西側に見える 富士山も別格 そのロケーションが果たして?
秋谷って こじんまりとした漁村にとって 幸福だったのか?不幸だったのか??
仮にわたいが 秋谷の別荘族というヒラエルキーの人間だったとするなら、
今回の書き物も また違ったテイストになっていたのかも。。。
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港のリク

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