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荒くれ異考録『我が故郷の伝説逸話』

リクです
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   あだスは基本 血まみれ傷だらけ

え~~ごくタマには、おフザケ抜き(ホラも吹かず:笑)(^^;テメエなりに ヒマみては つらつら、調べては、自分なりの「推論」をば組み立てています、

それを披露させていただきたいと、そう勝手申すのでございますが。

なるたけ『ゴリゴリの学究論文』みてぇには陥らないように 注意して書かせていただきますが、

って まぁ、いつも以上に エロも無ければ ギャグもない。。。『これはクチに合わん』って思われた方、けっしてムリは要りません はい。
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 この暑さに♂のチチってのも あまりに「暑苦しい~」し(^^;

読み飛ばしちゃって なんら構いませんから、どうかひとつ お気楽に m(__)m


 ・・・生まれ故郷の ごく古い 《おとぎ話》それをチト論じてみようって 趣向でございます はい。

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みなちゃま方は 「酒呑童子の伝説」っての ご存知であられましょうか?「大江山の鬼退治」としても有名な 童話や絵本にもなってます 故事逸話。

舞台となりました この「大江山」というのが ナニ隠そう リクちゃまが生まれ育ちました 丹後地方にあります山脈で。

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京都府丹後半島の付け根に位置し与謝野町、福知山市、宮津市にまたがる連山で、標高は 832m程度なんですが、

宮津市側の北斜面には 大江山スキー場ってのもアリましてン、リクめが住んでました地域から 2時間ぐらいハイキング覚悟なら 徒歩でも往復できる場所でした はい。
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         初心者向けコースですが雪質はイイ♪

標高こそ たいした高さではナイって山ですが・・・コレはやっぱ 現地に行ってみない事には 語れません・・・

高校の頃 わたいが行ってた公立高校では 毎年 マラソン大会で、ガッコから この大江山の5合目までがコースであったのでっけどネ、

丹後地方の山の特徴といいますか、山々の「稜線」がクッキリしてましてネ、所々で やったら傾斜のキツい 山の坂道がジツに多く、
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        マジで女子らがバタバタ倒れましてン。。

とくに 下りの際、マラソンで駆け下るなんつ~のは あまりにキケンってことで、女子は大江山の麓っが 折り返し地点でした はい。
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        平成になる頃までホントに山伏が丹後に居た。。。

昔風の云い方で、『山伏か天狗が行き来する場所》ってやつで、クルマが無かった 昭和の初期までは、この一帯には 木こりか猟師以外 暮らしてはりますヒトも殆ど居なかったという「僻地」


走るぐらいしか能のないわたいですら・・・ま~~マジでもって ヘタりまスたお、山の「キツさ」ってのは 標高だけでは決められません はい。


とにかくネ・・・宮津って町 都市部市街地だって『超ど田舎』っとバカにされるエリアですが(^^;

だけんど、この「大江山近辺」に比べたならアンタ・・・ぶっちゃけ わたいが育った通りなんざ、超未来都市とも呼べましてマジで。

事実…この 大江山近辺から わたいと同じ高校に通うヤツ、そいつの通学カバンの底には・・野生獣と遭遇したばやいの自衛手段としての「鉈(なた)」それに、遭難した場合に備えての「発煙筒」がコッソリ、仕込んでありました(マジ実話)
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     そいつン家、1979年まで『電気通じてなかった』と!@@;

ホント・・大江山近辺は、夜になり 電灯さえ点いてなけりゃ、『今は 平安時代だ』ってイっても、まんま 通りそうなってぐらいに、

『ヒトの想像 遥かに超越した《ど田舎ぶり》』で。。。
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        おそらくは縄文の頃から変わらない風景

古い町並み 歴史文化がウリの京都府でおますけども、それの「みやびさ」ってのは、時代の進化と文明に ある程度裏打ちされた者であって、

この 大江山近辺の、《手つかずの古さ》ってのは、トキに原始的な恐怖の念さえ覚えるモンでおますだ うむうむ。。。
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  人気漫画『宗像教授異考録』そのシリーズ中に、「酒呑童子異聞」という回があり、ジミな回ですが、やはり 地元出身としては見逃せず。。。
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 京都滞在中の教授が、比叡山・延暦寺を訪ねます。そこで、一人の年老いた僧侶と出会い、山中を案内してもらいます。

 さて、二人の会話は、何時しか「酒天童子」の事に至ります。

 宗像教授は、鬼=山の民=産鉄民説などを語り、さらに、仏教説話としての「酒天童子」に移ります。
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 比叡山を追いだされた「酒天童子」は、その恨みから、仏教を憎み残虐な人間狩りを繰り返す。そして、最大の仏敵「第六天の魔王」と呼ばれます。

 ついには、源頼光らに滅ぼされるのですが・・・。

 山中を歩きまわる内に、二人はいつの間にか、京都を見下ろす、愛宕山に。そして、僧侶が問う。

 「戦国の末にこのあたりを治めた武将を、知っておるかの?」

 「明智十兵衛光秀という・・・。」
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 さて、光秀は、源頼光の子孫を名乗っていた。光秀の「光」の字は、「頼光」にちなんだもの。

 「時は今 雨が下しる 五月かな」の句を読み、愛宕山を駆け下った時、光秀の脳裏には、浮かばなかっただろうか?

   信長が、自ら何と名乗ったか?  その、名前が・・・。

    気付けば、僧侶の姿が無く・・。

・・・ってなストーリーの運びで。

問題は 信長・・・果たしてナンと名乗ったのか???

ぶっちゃけ・・それは 【 第六天魔王 】と、信長が自分で名乗ってたのですな うむうむ・・・
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具体的には、信長が比叡山の焼き討ちをしたので、比叡山の天台座主をはじめとする高僧たちが甲斐の武田信玄を頼って亡命した、と。

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  第六天魔王は基督教にスライチドすると「堕天使ルシファー」ですそうナ

で 仏教への信仰心厚い信玄が信長に、焼き打ちを糾弾する手紙を送った、と。。。

そこに「天台座主沙門信玄」と署名してあったのに対して、信長はナンと!!「第六天魔王信長」と署名した手紙を返した、と。。。

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そんなことが宣教師ルイス・フロイスの本国への書簡に書き遺されたそうなんですナ はい。


ツマリが、信玄が「こら!信長っ!オメエ ナンてことすンのヤ!ムチャクチャしたらアカンやんか!!あんナ、ワシは仏教の保護者やゾ!」と言ったのに対して、
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  戦国大名の言い合いって、たぶん、ヤンキー同士のケンカと同等(^^;

信長は「かぁぁぁ~っっ!!うっさいナっ!ほならわたいは仏教の破壊者ヤ! 第六天魔王のノブやんと呼ばんかい♪モンクあっかワレ?」と返した、と。(^^;


伝統的価値観を「絶対」と考えている信玄に対して「オマエ、ドタマ固いし ぶっちゃけ仏教はも~~旧いデ」とあざ笑ってみせた、ということですナ。

これ、どこまで本当のことか分かりません。信玄がいくら比叡山の天台座主を保護していたとしても、自分が「天台座主」と名乗るのは明らかに僭称です。
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          今で云う 省庁の政務次官みたいな階級

まぁ 信玄の真意は『よく聞け!このワシ個人がゆ~とるのとチャウ。天台座主はんが ワシに乗り移り言わしとンのやデ?』って 云いたかったのかも。

仏教の守護者を自任する信玄が真面目にそんな不遜なことするとは思えないので、伝聞の途中でどっかに勘違いとか創作とかがあった可能性大ですが。。。

まあしかしだ お立合い…『魔王? そら上等やんケ♪』とワルぶってみせるというのはいかにも信長らしい気もして あながちウソでもないようにも思えますでショ??


 「酒呑童子伝説」のあらすじは・・・

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一条天皇の時代、京の若者や姫君が次々と神隠しに遭った、安倍晴明に占わせたところ、大江山に住む鬼の酒呑童子の仕業とわかった。そこで帝は長徳元年(995年)に源頼光と藤原保昌らを征伐に向わせた。頼光らは旅の者を装って鬼の居城を訪ね、酒を酌み交わして話を聞いたところ、最澄が延暦寺を建て以来というもの鬼共の行き場がなくなり、嘉祥2年(849年)から大江山に住みついたという。頼光らは鬼に毒酒を飲ませて泥酔させると、寝込みを襲って鬼共を成敗、酒呑童子の首級を京に持ち帰って凱旋した。首級は帝らが検分したのちに宇治の平等院に納められた

歴史家の高橋昌明は、正暦5年(994年)に大流行した疱瘡がこの伝説に関わっているのではないかと見ている

また、『史記』に記される蚩尤伝説や、唐代の小説『補江総白猿伝』、さらには明代の『陳巡権梅嶺失妻記』との類似も認められるという
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酒呑童子は、一説には越後国の蒲原郡中村で誕生したという。また伊吹山の麓でスサノオとの戦いに敗れた八岐大蛇が出雲国から近江へと落ち延び、そこで富豪の娘に産ませたのが酒呑童子だという伝承もある。その証拠に、父子ともども無類の酒好きであることが挙げられまス。
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まぁ いっくら物好きなル リクちゃまとて、産まれました故郷の近くにあったって、その理由さえ無ければネ、この故事なんぞに興味を持つことすらなかったと思うのですが ええ。

だが・・・ぶっちゃけ 「調べる程に・・・」この故事の逸話ってのは、『いわく因縁と 政治的背景があるわナ・・』思えますようになってきましてネ。
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           気になるところがフツフツと。。。

まずサイショに、酒呑童子の出生に関して ぶっちゃけ ジツに様々な「所説」が飛び交っているのでアリまして・・・

越後国の酒呑童子出生伝説 伊吹山の酒呑童子出生伝説 大和国の酒呑童子出生伝説

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でもって、酒呑童子の配下は副首領の茨木童子、そして四天王として熊童子、虎熊童子、星熊童子、金熊童子の四人の鬼が在り、いくしま童子という名前も伝承上には存在してま7ス。

それとかには当然ってか、俄かには信じられません SFチックな伝説が 尾ひれとして付着しているのでっけどネ。


ただ、実証主義リクめとしてはだ・・・「事実としての可能性」それが より高いのは『漂着難民船員が酒呑童子となった》ってナ節で。。。

酒呑童子については、丹後に漂着した「シュタイン・ドッチ」というドイツ人が由来で、
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《酒呑童子は しゃれこうべを盃に仕立て、真っ赤な 血のサケを浴びるように飲んでいた。頼光も勧められ、警戒心を抱かれぬよう 我慢して飲んだ》と。。。その飲んでいたという生き血も ジツのところ赤ぶどう酒だった、という説 当時の日本 ドブロク(一応 清酒)か焼酎(白酒)ぐらいしかなかった当時の人間の目からするなわば、真っ赤な」ワインってのは おそらくは「血飲んでる・・」って観えてたかもって。
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          初めて 赤ワイン観た日本人は・・

これは、歴史研究家によれば、昭和27年(1952年)に週刊朝日に掲載された「酒顛童子」という短編に登場するシュタイン・ドッチという人物の描写が出所かもしれず、

また、赤ぶどう酒を飲んでいたというものも、丹後の海辺に漂着した西洋人が大江山に入り込みぶどう酒を飲んでいたのが血を飲んでいたように見えたという解釈 それは「あってもナニも不思議ではない」可能性 持っている思えます はい。


でも この説で 唯一ってか、弱い部分は・・・「ど~やって 日本の近海にまで来れたのか?」って疑問で。

頼光が生きていた時代、西欧各国は、まだ 大航海時代に差し掛かるまでには至ってナイのですなぁ うむうむ。

無論 船はあったでしょうが、ドイツから日本までは 9047km 5622マイルか4885海里だって・・・
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わたいのよな 港の者からすんなら、『ど~やって 海渡って来た??』ってゆ~疑念が。帆船は燃料要りませんが、水と食料はヨ??当時の長距離航路、船員の ビタミンC欠乏による 壊血症死亡率は ナンと「40%」って。。。


ほんでネ、酒呑童子討伐隊 隊長であった源 頼光ってヒトに 付き従った 4名の部下、おもろいことに、後に『四天王』って言葉はコレから派生したとかしないとか。

 この源頼光の配下の部下 武芸達者な人物たちですが、

渡辺綱(わたなべのつな:953~1025)、坂田金時(さかたのきんとき:956~1012) 、卜部季武(うらべのすえたけ:950~1022?) 、碓井貞光(うすいさだみつ:954~1021)の四人です。

この四人にも色々と伝説が残されていますが、坂田金時は日本人が100% ご存知の 『金太郎』の童話で有名な人物ですよネ。

ってゆ~~か・・頼光もですが、討伐隊の4名とも【実在していたヒトである】って事実。。。子供さんの絵本にもなる この話、出てくる人間が みな実在した人物であるとゆ~ きわめてこのケースは「稀である」と云えますわナ??

特にでス、着目するのは「坂田金時」 要は『金太郎さん』。。。

ナンで??かれが 酒呑童子討伐隊に選ばれたのか?? ぶっちゃけ それって、ナニも勇猛果敢ぶりばかりが買われたとも「思えない」。。。
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あの有名な歌 足柄山の金太郎 クマにまたがりすもうの稽古~♪ 元気でチカラ持ちの代表として 金太郎は扱われる事多いのですが、

ぶっちゃけ「人間vsクマ」って、それの体力差 それ考えるなら、果たして・・・クマと戯れられる人間なんて「居るだろうか??」

そうすっと浮かぶのは…『モノの比喩的表現』ってそれでス。『まるでクマみたぁい』その言葉のウラにはだ、一種の差別的感情、『あんなヤツは 日本人じゃねえよって』って それ。


まさか ヒトとクマさんの 合いのコは有り得ませんが、あのですネ、案外と 最近まで「クマ」って1つの蔑称は 概ねとして 「ロシア人」を称してのものだったのですなぁ うむうむ。

ムカつく がいこつじんが 日本人指してイエローモンキーだなどと 云いやがルのと同じです はい。

もしかしたなら・・・金太郎さんは、日本・ロシアとかの「混血児」だった可能性も。
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ほら、金太郎って『赤いイメージ』 赤いヒフとかで描かれてる事 多いッショ? 白色人種が 短期間で日焼けしますと かれら真っ赤になるんです 肌が。


頼光一行、酒呑童子のコロニーへと侵入した際、ズバリ!金太郎が選抜された理由はそこ、『その外見が いかにも外人ぽく観えるから』って実直とも呼べる「理由」。
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酒呑童子ならぬ シュテイン・ドッチは、久しぶりに見る 同族的人種の人間観て たぶんに「おお同志よ!」って、喜んで 気を許したのではないかなあ??

  歴史上の「隠れた黒歴史」の1つとして 案外に喧伝されてるのに、
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丹後地方って場所は、明治以降は京都府の一部になりましたが、昔から「丹後国」として存在しており、古代(6世紀以前)にはヤマトの政権から離れた独立した王国があったという説もあります。

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ほんでですネ、戦国の世に この丹後国 「宮津城 城主」だったてのが、『細川忠興』キリシタン大名として 今では有名ですが。

ただ…正確には ど~も細川忠興当人はキリシタン信者とまでは呼べなくて、ではありませんが、「親キリシタン」だった人物のようであります はい。

細川忠興は元々仏教には懐疑的な意見を持っていた様で、妻 玉子にキリスト教の存在を最初に教えたのは忠興だといわれます。

ところが、奥方の玉子はキリスト教にはまり込んでしまい黙って洗礼をうけてガラシャとなってしまいます。

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・・・さよう・・・ココに誕生したのが あの・・『ガラシャ夫人』それなんでおまして ええ。。。


これは嫉妬深く他人に玉子を見せるのすら嫌った忠興の神経を逆撫でした上に、秀吉がバテレン追放令を出した為、

玉子の周りの侍女等を弾圧して玉子に改宗をせまりました。
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しかし、ガラシャはこれを受け付けずやがて関が原の戦いの時に大坂の屋敷を囲まれ、老臣に胸を突かせて死んでしまいました。

この時、細川家の菩提寺などの寺社の者は、処罰を怖れて西軍に逆らって死んだガラシャらの遺骸を掘り起こして埋葬しようとはしませんでしたが、ガラシャと親交のあった教会の神父たちは処罰を怖れず遺骸を掘り起こした上、勝手に葬儀をしてはならぬと忠興の帰りをまってこれを引き渡しました。

忠興はいたく感じ入って感謝のしるしとして金を与えると神父たちはこれを貧しい人々に分け与えてしまったそうです。
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これを聞いた忠興はさらに感動して、ガラシャの葬儀と一周忌をキリスト教式で行わせ、自分がキリシタンでもないのに領内でのキリスト教の布教を自由にしたといいます。

後に、熱烈な法華経信者だった加藤清正が「キリシタンでもあるまいに」とこれを諌めた所、掴み合いの喧嘩になりかかったとか・・・

ただ、そんな忠興も1610年頃になると、徳川家康・秀忠のキリスト教弾圧の意を汲み取り、領内でキリスタン弾圧を行うようになったといい、1611年には領内で多くのキリスタンが処刑され、「宗教とその宣教師の敵として名乗りを上げた」と宣教師の書いた記録に残っています。

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      やい!学生ども!試験に出すゾ

でだ・・・ココまでの 中間的結論として フト思い浮かぶのは・・・

 【 酒呑童子伝説ってのは…背景に 仏教vs基督教 の《宗教戦争》が関係してないか?? 】ってナ疑問が。。。


討ち取られた酒呑童子ですが、その首は不浄とされたので京都に持ち帰ることはできませんでした。一説には、ある場所で動かなくなったとか。一同は動かなくなったとかその首をその地に埋葬したのですが、今でも京都府老の坂という場所に、酒呑童子首塚(首塚大明神)として残されています。
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ココの場所なんかは、オカルトあまり信じてませんリクめでも、『間違っても遊び気分で立ち入ってはならない空間だ』って、ヒシヒシ感じる『マジでヤバい 磁場感』が漂っているエリアです はい。



 ・・な?? 意外にも 宮津だ丹後だ ど田舎だって(笑)バカに出来ない土地だって思いませんか?(^^;

ど田舎に間違いないですが、電車もクルマも存在しない時代、政権の中枢である「京都の地」 丹後地方は京都市内から 約120km程の距離・・・

歩くしか他はナイ当時ですら、ぶっちゃけ 2日あるなら、ぶっちゃけ カンタンに 京都中心街へと攻め入れちゃう ンな距離なんですナ うむうむ。

大六天魔王とは、時の為政者側に楯突く者らにに対する「称号」、「京都側の目線」それで考えますなら・・・ホンの北のスグ近いとこに、朝廷側の云う事に あんまし積極的に従わない、警戒すべき存在の勢力=「丹後国」が存在してやがる・・・ってことだ。


で 上記しました 信玄からの抗議の文書に、当時は「第六天信仰」というのを たぶんに知っていた 信長、

ぶっちゃけ 熟知した上で この「第六天魔王 信長」って言葉を使用したのではないか?? って。

権力者らは、常々、この丹後国の動向に 神経尖らせていたって容易に想像出来ますでショ??
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        さすがは この荒くれリクが生まれた土地柄♪


信長による 延暦寺の焼き討ちも 信長ゆえの残虐性ってよりも、信長の生きてた時代、京都とその政権における仏教ってのは まさしく「抵抗勢力」に違いないス ええ。
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蛇足でおますが ウチとこのご先祖は、その抵抗勢力、「石山本願寺」側で 雑賀鉄砲衆として参戦して信長側と交戦してルのですが。


もしかしたなら…信長は この「酒呑童子」の物語に潜む《真相》ってのをチャンと把握してかもって。。。

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京都市内から 丹後地方までの北の距離を まんま 東側にスライドするならば、ぶっちゃけ それはまんまで、信長が支配していた地域にピッタシ!当たります ええ。


それゆえ 信長は冗談めかして『ワシはナ、あの酒呑童子の生まれ変わりやねんデ!古臭い仏教も、京都の朝廷も みなブッ壊したらぁっ!!』って、意志表明だったよな気も。。。

信長『朝廷なんざクソだ!この国なんかは平定されてもネ~じゃん!丹後の酒呑童子をはじめ、地方でクーデターや闘争がボコボコ起きてる。だったらワシが 全部ブッ壊してサラ地からはじめてやろ~ヤないか!』っと。

信長 戦国武将ですから、当然 天下は獲りたかったと思えますが、物事にはすべからず『スローガン』が要ります、

それなくしては、仏教を弾圧する ならず者でしかないじゃん・・・そっか!だったら キリスト教をひとつ利用してやるべい いひいひ♪


あとそれと・・・忘れちゃあきまへん 上記しました「細川ガラシャ」って・・・あの・・・

【 明智光秀の三女 】なのでおますだヨ! @@; 光秀は「光」って字 源頼光より受け継いでると自称・・・


っとなると ド~だ??「第六天魔王 酒呑童子が丹後で君臨(仏教否定)」→」「それを源 頼光が征伐(仏教護持)」→「自らを 第六天魔王と称する信長が延暦寺焼き討ち(仏教破壊)」→「頼光の子孫であるとされる明智光秀が 信長をコロす(仏教の護持)」→(光秀の三女 ガラシャが基督教洗礼受け 殉死(基督教の護持)」

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       「犬神家の一族」のテーマ曲がドタマで鳴り響く(^^;

 ホント…なんだか『横溝正史 的 因果は巡るよドコまでも』の世界と似てません??(^^;



わたくし生まれましたル 丹後地方ってのはですネ、位置的にも日本海を挟んで大陸とのつながりがあり、独自の文化があったようなんス はい。

ごく狭い 地元町内でしか通用しません 方言にも、語源を遡れば、それは元は「中国語」だったってのも別段珍しくなかったりって。


ヤマト政権の中心地と日本海地域を結ぶ主要な交通路として重要でありましたしネ、福井海側から 京都市内へ続く 通称「鯖街道」、戦国の頃は、この付近は 丹後国の所領地で、京都で消費されます鯖をなじめとしたサカナ類は、丹後国のあります日本海に委嘱するしかなかったって時代状況。
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        獲れた鯖を即シメて、京都市内に着く頃 食べ頃と


地形や環境的にも隠れた山里が多くあり「影の地域」として存在し続けたなど、飛鳥・奈良・京都といった中心地から近いにも関わらず、「影の王国」として特異な場所であったのかも知れません。ええ。
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       その「影の王国」シンボルはナンと『鬼』です…


で・・・そしてその独立した影の王国「丹後」のなかで、鬼伝説のメッカとされたのが大江山なのです。。。

今でこそ 大江山付近 そして丹後地方は ど田舎ですが、でもネ・・カンタンなレトリックですが、平安の頃から安土桃山時代まで、

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         太古の頃から 丹後は変わらないので・・・

ぶっちゃけ・・「日本全体の土地 その風景は、今の ど田舎丹後となんら変わりがない」って それおます うむうむ。

大江山も丹後も、ハナっから 僻地ど田舎だった訳では無くて、単に今の時代の進歩に わたいの故郷は取り残されてるダケっていう それなんス。

だからに 昔の 源頼光も 大江山に来て『い、田舎やなぁ。。。』って風には驚かなかった筈で。



 酒呑童子について、丹後に漂着した「シュタイン・ドッチ説」が正しいと仮定するならば・・・


正直、漂着した シュタイン・ドッチ当人には、当時の日本で反乱起こし、独立共和国を築こうってナ気持ちは 無かったンでわにゃかろ~か? と。


てか 知らない日本の半島に漂着しちゃって サイショはおそらくはビビって隠れ暮らし。
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やがて、地元にも 自分を認めて 慕ってくれる「ダチ」が出来て、大江山付近の土地に、 みんなで平和で協調して暮らせるコロニーとしての「共同体」…それを標榜したのかもって。。。

で ヒョっとしたなら、シュタイン・ドッチは、キリスト教徒だった可能性もおおいに否定できませんよネ?

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聖アウグスチノ修道会に属する「宗教改革」で有名な 《マルチン・ルター》は「ドイツ人」ですゼ??

ルターによる「宗教改革」は 1517年、正直 この 酒呑童子動乱が起きたのは かなりそれ以前の出来事だと推察できますが、ルターが「95条の論題」をローマカトリック教会に突き付けたって背景からも、ドイツにおけます キリスト教の普及は欧州でも抜きんでいた筈で。


押し付けられた 国教 神道、仏教しか知らない 当時の丹後の人々は、もしかして、キリスト教の『愛の概念』てものに 初めて「触れたのかも」って。

で、その風聞を伝え聞いた 京都の朝廷は危惧を抱き、コロニー共同体なんかじゃなくて、為政者にとって都合の良くない「愛」なんつ~概念説く シュタイン・ドッチを『始末してこい!』って、討伐隊を大江山へと派遣したのではないか?? と。

 要はだ・・・コレって、『神さん同士の《代理戦争》』だって思いませんか??
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みなちゃまも 比叡山の延暦寺には 今も「百日回峰行」「千日回峰行があるのをご存知だと思いますが。

「回峰行」とは比叡山を代表する修行のひとつで、比叡山のなかの霊地を巡礼しながら1日数10キロの行程を歩き通す荒行で
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、百日の回峰行を果たした行者のうち特に選ばれた者が千日の回峰行を行ずることができます。

この回峰行の行者の参籠修行に「葛川参籠」という葛川明王院で行われる断食修行、滝修行などの修行があり、これは明王院を開創した相応和尚の足跡を偲んで行われるものです。

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で・・この葛川参籠の行者を現代にあっても山へと先導するのが、「鬼の子孫」と言われている人なのです。ええ。

ジツにもって 日本的な因習・・『ハレとケ』、通常の日常生活では 差別され、忌み嫌われるってその土地の存在が、その『ハレ』である 「まつり」ってなるなら、立場は逆転し、

その祭礼の 大切な部分の役目を担わされるって、鷹揚とイえば聞こえはイイですが、ここいらにわたいとしては、 テメエっちらで滅ぼしといて、その後やったら祟りを恐れ、
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       より「差別」のキツい地域が 祭礼では見事に逆転

なし崩し的に懐柔しては 『まぁまぁ終わったことヤ 仲良ぉしよ な?』って、日本人特有の「なあなあ主義」を感じるのでありまして はい~~。

当時の仏教・・・実力は認めるけど けっして!肯定出来ない 例として他宗教とかにちては 総じて、

《異形の魔物》って取り扱い、討伐したり、それも叶わないってなら 懐柔して、要は『取り込んで』・・・

細かい点 無視して『最後は祀っちゃえばエエやん♪』それなんでして はい。。。



酒呑童子という「鬼」が、民間伝承で、山の神と人間との間にできた稚児であったという話ともあったりして。

また、山岳修行者の始まりと言われる「役小角(役の行者)」の弟子=家来も「前鬼」「後鬼」というふたりの鬼であったこととも関わりがあるのかも知れません。。。
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なんかど~~も、500年~1000年前ってのは、この「鬼」って呼び方、当時におけます 為政者側にとってのスタンスによって 鬼だってされてた気配がアリアリ・・・たまりかせんデ?オカミの都合で 勝手に 鬼呼ばわりされたは(--;


受け売りでおますが、仏教の世界観では 三界といってこの世を大きく三つに分けます。

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「無色界」はあらゆる欲も色もない清らかなな精神だけの世界であり、「色界」は欲はないけれども色(物質 肉体)のある世界、そして「欲界」は欲望だらけの世界と言われています。

欲界は地獄界や私達の住む人間界、つまり現世で、欲天と呼ばれる天界の下層部の六層も含まれています。

この欲天の最上天が他化自在天こと第六天で、その他化自在天つまり欲界のトップに君臨しているのが「第六天魔王」と呼ばれる存在です。はい。

他化自在天は大自在天とも呼ばれ、そのルーツを遡るなら ナンと!【インドのヒンドゥー教の最高神の一柱、シヴァ神】だと言われているンですナ うむうむ。

当時から 仏教内部にもリッパに(?)宗派対立や、日本でゴッチャになっちゃいましたが、遡れば 完全に他宗教のシンボルアイテムだったりするものあ大量に含まれてるって現状・・・

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     シヴァ神が日本では「大黒天」、でもそれは「貧乏神」だとゆ~…

他宗教である ヒンドウー教の神々を すべからず『悪の鬼神』ってカテゴライズした 当時のボ~ズらの 悪企みがなんか 匂ってきません??

「鬼」って概念は、ぶっちゃけ「それの存在自体が」 『ゼッタイ悪』って コレはあきらかに・・・「為政者らの立場として」のモノだと申せませんかネぇ??

「桃太郎」をはじめとして「一寸法師」「羅生門の鬼」とかとかって、まず100パ~ 鬼は 悪の象徴とされてまス。

『泣いた赤鬼』アレは浜田廣介作の児・童文学で、1933年『カシコイ小学二年生』で連載された子供向けの小説。

だいたい・・・『平安の世には 京都市内に鬼らが跳梁跋扈していた』・・なんて ウソっぱちだあいっっ!!
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アレは、ぶっちゃけ 杜氏の権力者らの「地政学 都市部計画のあきらかなシッパイ」それで。。。

あのネ~~平安の頃の京都市内でスが、下水道はおろか・・「トイレすら無かった」ンだお・・@@;

京都市内は ご存知のように「盆地」でショ? ンな都市整備状況で 多くの人間が集まり暮らしたなら『ど~なるか??』

京都の「黒歴史」・・・山科の入り口 「清水寺」なんか、ぶっちゃけ 有名な 見晴台の下側には・・・膨大に続く【肥溜めと 遺体放置場】それが広がっていたのだ お立合い!
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          この斜面下、一面「肥溜め」だってか(--;

当時の京都が被った「厄災」それって、都市全体の 不衛生による「伝染病の蔓延」だお!鬼に責任かぶやがって 出てこい責任者!(笑)
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 っと ドコまでイってもキリがないので(^^;

ココいらでトドメといたしますが。ぶっちゃけ いかがですか?? チビっとでも、「鬼」ってものに対する概念が変化いたしませんか??


 ってか・・・わたい自身 今まででサンザン オニだ畜生だって云われてきたからなぁ。。。とほほ。

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        ハマの港の「鬼」 投了でス




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かなり お利口になれた気分♪

いえいえどうして 充分に楽しんで読ませて貰いましたよ♪

そういえば 酒呑童子の物語は「特異的」ですよね。。。

源の頼光 坂田金時 渡辺の綱って、みな実在の人物で、酒呑童子征伐も 「その事後」に、
逸話や童話となり、要は 現実がまずあって、後から物語が追いかけるって珍しいパターン。

丹後半島はたしか、「民話の宝庫」ですよね?

No title

「酒呑童子」「しゅてんどうじ」で「シュタイン・ドッジ」ありえそうな推論ですよね これ。

真っ赤に日焼けした 紅毛で鼻の高い西洋人を見た 当時の日本人は「あれこそが鬼だ」って そう感じたのかも。
リクさんは 日本人が苦手とする分析力 スキル高いですねぇ。
複数の分野の研究や読書をしているゆえなのでしょうか?

もしかしてだけど~♪

これは一大発見なのではありませんか??
酒呑童子からはじまり 頼光 信長、 光秀 ガラシャへと続かれる「因縁の系譜」。。。
単なる偶然では ここまでの継続はありえますでしょうか?

鬼だとか 魔王なんてのは自称したりしないに限ります リクさんも ご注意を(^^;

私もこの手の話は、好きです。
でも、発想と推論の展開スケールの大きさは、リクさんにかないません。

京の御所周辺の人々の世界観は狭いです。
京から東へ向かうと、愛知県の熱田辺りは田舎。関東の武者は荒戎。
勿来と白河を結んだ線より北に住む人々は、「まつろわぬ人々」「俘囚」などと呼ばれて、鬼か蛇かと言われた様で。

この手の話、朝廷が仮想敵をこさえて、人心掌握を図ったとも、言えるのではないかと。

金棒を手にした鬼。
古の政争に敗れた物部氏の末裔ではないか。製鐵集団「タタラ衆」
蘇我氏は、仏教を政治利用した。
物部氏は、地方に散り、やがて鉱石採掘と精錬の技術を持って、奥六郡の安倍氏と結びつく。そこへ、源頼義、義家親子と戦になる。
安倍氏のながれをくむ、奥州藤原氏を攻めたのも源氏。などなど

信長は、出家の身が、仏の名を借りて、政治に口出しするのが許せなかったのではないか。
新・平家物語の清盛が、神輿に矢を射かけるシーンも、仏の名を借りて人心を操作するペテンを暴く訳で、何処か似ています。

そう言えば、信長は、平氏と名乗っていますね。

関ヶ原開戦前、ガラシャは、三成の人質となるのを避けようとした。
キリシタンゆえ自害出来ず、家来に槍で突かせた。
いやいや、嫉妬深くチャットいっちゃってる忠興が、あらかじめ「万一の時は、ヤレ」と家来に命じていたとか。

光秀の家臣、斎藤利三の娘は、春日局でしたね。

この手の推理は、新たな繋がりや広がりが閃き、その証拠を探すのも楽しいものです。

魅惑の 荒くれ歴史学♪

 魅惑的な 研究をリクさんはしていますなあ。。。

故事逸話の 伝奇ロマンも、やはり、その100%が空想による産物とも呼べないのですね。
大元となる「なにか」が存在し、それを当時の人は 巧妙にアレンジしたり、あえてフェイクの部分を付け加え、
「地方の昔話」として 語り継いできたのかもって気が。

それにしても… 怖いですねぇ。。。酒呑童子から ガラシャまで、延々と繰り返された「いわく因縁」。。。
それにしても、やっぱ リクさんの発想は縦横自在だよね~~♪
当時の政治状況、京の都までの距離的問題、地政学、宗教学と、多岐にわたる諸要素を組み合わせ、ご自身としての「仮説」を組み立てる手法には 脱帽!

かつての 丹後国の シンボルが「鬼」というのも 実に興味深い。京の朝廷にやたら警戒されていたとされる
丹後国の「気質」っていうのが、なんだかリクさんにも おおいに受け継がれているような気がしてなりません。

やはりネックは・・・

 信玄への返信に、「我は 第六天魔王信長なり」とケンカ売った 信長自身が、
果たしてどういった気持ちで「そう書いたのか?」それが大きなネックではないでしょうか??

言葉遊び的に プロレス的に、自分が悪魔だと名乗ったかもしれませんし、
リクさんの推理のように、酒呑童子の伝説は、事実は 酒呑童子は 人食いの鬼などではなく、
都の朝廷側にとって 都合の悪い、新勢力の芽を摘む目的だったとも。

あの時代に 人々に「愛を説く」というのって、朝廷からすれば とんでもない危険思想と映ってたのかも。
信長は そういった一連の「楽屋裏」の事情を理解した上で、既存の権威・権力を 否定し、破壊するって意志の表明であったのかも? って気がして。

No title

 それにしても…「合いの手漫才」から 今回のような、そのままで 歴史分野の本にもなれそうな(表現にチト問題もありますが:笑)(^^;
ここの 取り扱う分野の広さに あらためて驚嘆しています。

単純な エログ記事のみだったなら、定期的にここまでは まず続かないですよね?
最初は興味本位で訪れ、やがて 離れられなくなる、それがリクさんの
「酒呑童子 的な幻術」なのでしょうか♪

No title

家の身が、仏の名を借りて、政治に口出し

ツイッターで流れてきたのですが、「仏門に入る男には【そこらへんでのたれ死んでいる女の死体とでもヤッちゃう】ケダモノのような人物もいて、そういう男を監視しガチガチに戒律で固めて統率し弱体化させるための機関でもあった」とか…
あながちガセネタではないよ~な…

私が卒業した大学はもともとお寺の書物の倉が大きくなったようなところで、校内の図書館にソッチ関係の興味深い書籍が山ほどあったのですが、ある本でロシアがある一帯は一時期モンゴルが支配していたとありましたし、
東北の人間のDNAには白人種のものが入っていたりと
今回のような考察も荒唐無稽ではないのですよね。


しかし、漫画萌えオタクの女は生臭坊主とか僧兵とか大好きですわね…
えろっ…

Re: 冬忍草さんへ

冬忍草さん いつもありがとうございます♪

> 充分に楽しんで読ませて貰いました

「そのお言葉」・・それだけで もう銃ぬんでございます はい♪


> 酒呑童子の物語は「特異的」ですよね。。 源の頼光 坂田金時 渡辺の綱って、みな実在の人物で、酒呑童子征伐も 「その事後」に、
> 逸話や童話となり、要は 現実がまずあって、後から物語が追いかけるって珍しいパターン。

「事実 真相」は 未だに不解明なまなでありますが、でもやっぱ、オカミの公式発表と、実際の「殺処分」には 相当に「見解御相違」があっただろうと。。。
当時の身分制度からイっても、丹後国の『土民』『雑民』ですから 酒呑童子ら一党は。

> 丹後半島はたしか、「民話の宝庫」ですよね?

やったらございまス。「浦島太郎伝説」「静御前伝説」「小野小町伝説」「羽衣伝説」
「和泉式部伝説」「間人皇后伝説」 「山椒大夫(コレは実在ってから驚く)
そん中でも リクめが気になるのは・・・「元伊勢神宮伝説」それで。。。
突き詰めていきますなら・・それって、「アマテラス大神伝説」でもアルのですよん うむうむ。

最近の民話研究で、ど~も、「かぐや姫」と「浦島太郎」は 2つで「ONEセット」なんだとか。。。
かぐや姫に出てくる おじいさんが太郎だと。。。それって、どうも「ギリシャ神話」がモチーフなんだとも。。。
丹後ってとこが スゴい場所ってゆ~よかネ、地理上の問題として 日本近海で遭難した船が辿り着きやすいトチで、
それからの 渡来文化が さいしょに上陸するエリアだったかもって。 はい。

Re: タキさんへ

 タキさん いつもありがとうございます♪

> 「酒呑童子」「しゅてんどうじ」で「シュタイン・ドッジ」ありえそうな推論ですよね これ。

でも、本文でも述べましたが 問題は『どぼちて?日本近海まで辿り着けたのか?』って問題。。。
オランダで「西インド会社」が設立されたのが 1621年、大航海時代にはまだ入っておらんのですナ 山椒大夫の跋扈したころは。
作家でも より文科系のヒトは、こ~いった歴史と 実現性の有無といった点をないがしろにしちゃってルことが多いですわなぁ うむうむ。
ただ、「大航海時代」ってのも、『いつから始まったか?』ってのが ぶっちゃけ「よくはわかってない状況」で。
全体ではなく 欧州でもスポット的に 長距離航海をする技術が わかってるより古くから「在ったのかも」って疑問も。

> 複数の分野の研究や読書をしているゆえなのでしょうか?

あのネ、ナマイキですが…より真実に辿り着くには なるたけ専門書に近い文献なりを読んだ方がよろしいです はい。
間違っても 「雑学本」なんか読んではいけないス(^^;

Re: ちゃー子さんへ

 ちゃー子さん いつもありがとうございます♪

> これは一大発見なのではありませんか??
> 酒呑童子からはじまり 頼光 信長、 光秀 ガラシャへと続かれる「因縁の系譜」。。。

いや とっくに気が付いておられる研究家とか 少なくはないって思いますよん ええ。
ただ・・・そんなみなはん 丹後地方の「地理的な特異性と特徴点」それに触れるヒト居ませんわネ~。。。
丹後の 数多い「伝説」それがすべてホントだとは思えませんが、
昔の大陸間移動 それは海路しかなかったって点 忘れてはあきまへん うむうむ。


> 鬼だとか 魔王なんてのは自称したりしないに限ります リクさんも ご注意

わたいのばやいは 周囲が勝手に「鬼だ!」「畜生だ!」って 云いやがルってダケなんだおお~~(TT)

Re: アツシさんへ

 アツシさん いつもありがとうございます♪

> でも、発想と推論の展開スケールの大きさは、リクさんに

いえいえ・・「下世話さ」と「権威不信」が強いダケかも(笑)(^^;

> 京の御所周辺の人々の世界観は狭いです。
> 京から東へ向かうと、愛知県の熱田辺りは田舎。関東の武者は荒戎。、鬼か蛇かと言われた様で。

はいはい 当時の身分制度と それに伴う 富の一部への独占化が 地方での反乱や 革命指向のムーヴメントを起こしていて、
それらを討伐し 治安化、それが土地的に近い 丹後の付近から 朝廷側がとっかかり、周囲の国への「見せしめ」にしたのかも。

> この手の話、朝廷が仮想敵をこさえて、人心掌握を図ったとも、言えるのではないかと。
> 古の政争に敗れた物部氏の末裔ではないか。製鐵集団「タタラ衆」


おお♪ ナイスな部分にお気づきですね アツシさん♪
古来より「鬼」ってのは、大陸から渡来した仏教が やがて小乗仏教となり、
ぶっちゃけ アレだ、オニって 恐怖の存在をボーズらが勝手にこねくりだしたってこと。

で、その「フォルム」としてのモチーフが ご存知でしょう 「丑寅」
で、それをば具現化 人間に近しくするために、要は当時の「山の民」山岳民族で、鉄鉱石産出地域で「産鐡なりわい」をしていた集団。
千度近い温度にさらされ 皮膚はマッカ、タタラの踏み過ぎで片足が不自由にって。
ちょうど・・イメージとして 風林火山の「山本勘助」のイメージでしてネ。
鉄を修練できるスキルって、当時ですと 防衛部門に直結。具体性のあります 武具や武器を創り出させる集団を 権力側はエラく警戒していた筈だと。

> 蘇我氏は、仏教を政治利用した。
> 物部氏は、地方に散り、やがて鉱石採掘と精錬の技術を持って、奥六郡の安倍氏と結びつく。そこへ、源頼義、義家親子と戦になる。
> 安倍氏のながれをくむ、奥州藤原氏を攻めたのも源氏。などなど

はいはい で、わたいとしては・・そこに隠れた日本文化の牽引者 「秦氏」を失念できないだろうと。
日本人の 「手仕事」としての器用さは この中国大陸からヤマトへと渡って来た、秦氏で、少しでも自分は手先が器用だって自覚あるヒトには この秦氏の血が流れち得ることが多いとか。

> 信長は、出家の身が、仏の名を借りて、政治に口出しするのが許せなかったのではないか。

それも、一時期は関係良好で、結果として 松永ダンジョーの方に寝返った 一向宗の「日顕」が相当憎かったンでわにゃかろうか?と。
ワリとマジな可能性として・・・この一向一揆との ダラダラして長い闘争さえ無ければ、信長は40歳代」でとっくに天下掌握していた筈だって説すら。

> 関ヶ原開戦前、ガラシャは、三成の人質となるのを避けようとした。
> キリシタンゆえ自害出来ず、家来に槍で突かせた。

でもこの「自害」については諸説が渦巻いたままですよネ?いずれにせよ ガラシャの存在は、仏教vs基督教 ドッチの側にもイイように利用された気配がアリアリで。。。

> この手の推理は、新たな繋がりや広がりが閃き、その証拠を探すのも楽しいものです。

思うのですけど 殊「宗教」ってのは その殆どが 99%「イイ事言ってる」のでありまして はい。
キリシタン弾圧にしてもが、教科書で教わる事柄が正鵠を指している気がしませんネ、
問題とされたのは 教義とかとも思えず、当時の耶蘇教も、アジア圏への 抱く野望はけっして否定も出来ず・・・

Re: 長生きの秘訣さんへ

 長生きの秘訣さん いつもありがとうございます♪

>  魅惑的な 研究をリクさんはしていますな

いえいえ…自他ともに認める 変わり者の 手慰みで(^^;

> 故事逸話の 伝奇ロマンも、やはり、その100%が空想による産物とも呼べないのですね。
> 大元となる「なにか」が存在し、それを当時の人は 巧妙にアレンジしたり、あえてフェイクの部分を付け加え、
> 「地方の昔話」として 語り継いできたのかもって気が。

『より架空のおとぎ話』とアレンジして、圧迫と弾圧をかいくぐってきたのでしょうか? 当時のヒトらは。

> それにしても… 怖いですねぇ。。。酒呑童子から ガラシャまで、延々と繰り返された「いわく因縁」。。。

もしかしたなら かかわっていた関係者 あるいは 信長当人も。こういった「いかにも因縁」って構図を否定せずむしろ 愉しんでいたかも知れない可能性も。。。

> かつての 丹後国の シンボルが「鬼」というのも 実に興味深い。京の朝廷にやたら警戒されていたとされる
> 丹後国の「気質」っていうのが、なんだかリクさんにも おおいに受け継がれているような気がしてなりません。

ウチとこ家系は、元は 熊野地方の出で、雑賀党で 信長 秀吉とも戦い、
その後 追われて(たぶん)丹後へと「落ち延びた」のであろうってことで。
あのネ・・檀家である 天橋立に在ります お寺の古い「過去帳」、ちょうど 秀吉が没したころ、
ウチとこの先祖が、よく聞いてネ?『二代目当主として』突如 お寺の檀家となっとりまして ええ。。。
カラクリはいたってシンプル・・丹後の土地で もう既に 若くして亡くなったヒトの『その位牌を買った』のだろ~と。。。
無くなったヒトを「初代」として テメエは二代目って構図ネ。
ホント・・・時代性もあります、自分自身の血脈にはナニが混じっているか?? なっかなかわからんモノです はいー

Re: サンシャインさんへ

 サンシャインさん いつもありがとうございます♪

>  信玄への返信に、「我は 第六天魔王信長なり」とケンカ売った 信長自身が、
> 果たしてどういった気持ちで「そう書いたのか?」それが大きなネックではないでしょうか??

信長『なんヤっ!?クソ信玄が えっらそ~~に!ほならワシは仏教にとっての最大エナミー 第六天魔王 名乗ったろやないケ♪』ってそれかも(^^;

> 言葉遊び的に プロレス的に、自分が悪魔だと名乗ったかもしれませんし、

っというよりもむしろ、 信長『おいおい信玄ヨ、ワシはナ、事のカラクリみんな知ってんねんデ?オメエ、天台宗のトップになれる♪って浮かれてるやろ?あんなクソ坊主 信じてたなら 尻の毛抜かれて終いやデ♪』ってことかも。

> 酒呑童子の伝説は、事実は 酒呑童子は 人食いの鬼などではなく、 都の朝廷側にとって 都合の悪い、新勢力の芽を摘む目的だったとも。

まあ それが「すべて」だろうって思います はい。
当時の丹後ってのは ヤマト朝廷に恭順してルってより、「影の王国」としての気持ちが案外と強かったのでもあろうと。

> あの時代に 人々に「愛を説く」というのって、朝廷からすれば とんでもない危険思想と映ってたのかも。

 そうそう!『戦闘の際の 駒、それでしかないオメエが《愛》なんて概念持ったらシャレにならんやんか!』って朝廷は思ったかも。

Re:  トラ子ちゃまへ

 トラ子ちゃま いつもありがとうございます♪

>単純な エログ記事のみだったなら、定期的にここまでは まず続かないですよね?

ってゆ~~か ヤってばっかの記事では ぶっちゃけ 『体力持ちません』 いひいひ♪(^^;

>最初は興味本位で訪れ、やがて 離れられなくなる、それがリクさんの「酒呑童子 的な幻術」なのでしょうか

卑下ではナイよん。あのネ、お読みの みなちゃま方は ココに『狂人を眺めにやって来る』のでアリますのだお。

ドンキホーテ」あの主人公が メンタルのバランスのとれた常識人だったなら ダレも読みません。
ナチュラルにせよ(^^; あるいは 意図的にせよ、少しでも「耳目を集める」ってなるなら、
そこに必要であります 重要な要素は。『恥は捨て ただただクルって魅せる』それなのでして ええ。

1ミリもためらっては逆効果。真似しろってンぢゃござんせんが、トラちゃんもネ、この先 なんかしらの「ショーバイ」志すならば、
普段の自我とか一時 封印し、見事にクルって見せなさい。必ず「道は開ける」♪

Re: しょう子さんへ

 しょう子さん いつもありがとうございます♪

> ツイッターで流れてきたのですが、「仏門に入る男には【そこらへんでのたれ死んでいる女の死体とでもヤッちゃう】ケダモノのような人物もいて、そういう男を監視しガチガチに戒律で固めて統率し弱体化させるための機関でもあった」とか…
> あながちガセネタではないよ~な…

平安の末期 室町の中期 で、徳川時代の初期から中期、おっしゃいます「破戒坊主」がドン!!って増加してるのですよん はい。
「駆け込み寺」って言葉からも お寺ってのは 一種の「シェルター」でしてネ、

源氏を一時期制覇した 平家は、「仏門に入った子孫は赦免してやろう」って人情出したばかりに 源氏にリベンジで滅ぼされて。
今の世でいうところの「民事事件」、ロクデモないこと仕出かしても「はーいボク仏門入りま~す」ってゆ~なら、
地方にもよりますが『…じゃ、それで手打ちにしといてやっか?』って 日本的「なあなあ」
>
> 私が卒業した大学はもともとお寺の書物の倉が大きくなったようなところで、校内の図書館にソッチ関係の興味深い書籍が山ほどあったのですが、ある本でロシアがある一帯は一時期モンゴルが支配していたとありましたし、
> 東北の人間のDNAには白人種のものが入っていたりと今回のような考察も荒唐無稽ではないのですよね。

フシギにも わたいですが 顔写真で 意外とよく『秋田県の出身ですか?』って呼ばれますのだ。
秋田付近の とくに海側在住の女性には DNA的に「白系ロシア」の血が混じってて それゆえの色白だとも。
ホント、我々「純日本字でござい」って思い込んでいますが、ドコの時点で がいこつじんの血が入り込んでいるか??
あまりにも遡った 昔の事は謎なんですナ うむうむ。

> しかし、漫画萌えオタクの女は生臭坊主とか僧兵とか大好きですわね…

僧兵は、平安後期から室町後期まで、ちょうど 日本ってより地球環境的に「高温期」でしてネ、
残っています 源氏武士の鎧から 身長視察すると、ナンと! 180センチ超えの兵士も珍しくないって。
僧兵ってのも、ガチで その体力と頑丈さを買われ 俄か坊主として黙認されてた「エクザイル」ですわナ(^^;

No title

飼いならされた鎭守の杜とは異なり、自然林には不可思議で恐れを感じさせる生命が息づいているよね
鎌倉辺りでさえ、鎌倉山の通称狸の森や鎌高裏の広町の峰辺りでさえも、一端、谷戸辺入り込んでしまうと、全くの別世界がある
ホビットの冒険のあの「闇の森」を彷彿とさせる所があちこちに・・・(--;)

日本のアニミズム、山岳信仰の開祖とされるのが今回の話も出てきた修験道の開祖で空を飛ぶ神通力を持っていたとされている「役小角」
初めてこの名前を知ったのは確か小一の頃だったと思う
なんてカッコイイと思ったことか!
鎌倉の建長寺の裏に半僧坊という天狗を祀る社があるのはご存じでしょう?
この建中寺の守り神は、元は異人という説もあって、案外その気になって日本の彼方此方に異人伝説が転がっていそうな気がするんだけど・・
極東の島国日本へと流れつくヨーロッパ系の異人はやはりそう多くは無かったからでしょう、

確か2011年暮れに、天台宗と真言宗が仲直りしたと言う記事があったような・・(-_-;)
平安時代の仏教輸入は、極楽浄土往生や仇敵の調伏だったりと、何らかの御利益を得ることがその主な理由だったこともあり、いろんな宗派が利権を闘っていたことは容易に想像がツク
浄土宗や黄檗宗や天台宗や真言宗に限らず、チベット密教系の外道も多々あったでしょう
そのるつぼのなかでひときわエリートだったのが、最澄
国費留学の最澄と、私費留学の空海とでは、秀才と天才と云う差に加えて、学んだものが、かたやオールドスタイル、かたや仏教の最終形であるタントラ仏教
密教化した仏教の最後の形がチベット密教
空海はをそれを手に入れ、最澄は最早時代遅れになってしまった
貸したスートラを返さなかったとか、細かい諍いから何百年モノ間反目しあってたなんて
どれほど自分た地のことばかりしかアタマに無かったのがよく判る
酒天童子のストーリーが日本の宗教戦争までゆくと、流石について往くには息切れもしてきますが
それなりに、久々でしたが愉しませて貰えました(^^)

PS
日本の話ももちいいですが、"diversity " の国印度の、
あのアルジュナとクリシュナの逸話て超有名なバガバッドギーダもいいですよ(^^)
結構泣けて来たりしてね・・(; ;)

Re: pierrot le fou さまへ

 pierrot le fouさん いつもありがとうございます♪

> 飼いならされた鎭守の杜とは異なり、自然林には不可思議で恐れを感じさせる生命が息づいているよね
> 鎌倉辺りでさえ、鎌倉山の通称狸の森や鎌高裏の広町の峰辺りでさえも、

ってか、世の衆らは 知れないんですよねぇ・・・
鎌倉に行くってことは、「それなりの」覚悟とまではいきませんが、身を清めるっていうか、
ボケ~っとした気持ちで ノンキに訪れてよいべき土地ではござんせんもの(--;
思うのですが、けっして 差別的な身分制度の観点ではございませんが、鎌倉は 住んでも良いヒオと、ヤメといた方がイイって、そういった 霊的な分類が必要な場所だとも。。。

>
> 日本のアニミズム、山岳信仰の開祖とされるのが今回の話も出てきた修験道の開祖で空を飛ぶ神通力を持っていたとされている「役小角」
> 初めてこの名前を知ったのは確か小一の頃だったと思う
> 鎌倉の建長寺の裏に半僧坊という天狗を祀る社がある

古来より 日本にダケ「天狗道」ってのがアリますが、
このばやいの「道」は、物の教義とかではなく、文字通り「道路」だとも考えられて。
なんでも 人間界と 魔界とを行き来するって 天狗とは あの世とのナビゲーターであったそうな。
コレって、天狗とは 神仏はゼンゼン異なる「魔物」なんですナ うむうむ。

> この建中寺の守り神は、元は異人という説もあって、

もしもマジでタイムマシンが完成して・・桃山の頃のヒトらに、100円ライター点火して見せたならば
『すわっ!!バテレンの妖術である!』って大騒ぎになるでしょう きっと。
「文明 文化」ってのは、イコールで「情報量」だとも思えます はい。
異国の進んだ文明文化を目にして、それを科学に基づき 分析・解明するだけの 余裕ってか、基軸となります科学が無かった当時、
天狗にしろ 酒呑童子にせよ、「魔物」って、レッテルを貼られたのですかねぇ??

> 国費留学の最澄と、私費留学の空海とでは、秀才と天才と云う差に加えて、学んだものが、かたやオールドスタイル、かたや仏教の最終形であるタントラ仏教
> 密教化した仏教の最後の形がチベット密教

もひとつ・・わたいは、伝え聞くものとはガラリ違って・・・案外に「政治的な意図」それを感じますのが・・
ズバリ! 。阿弥陀聖 口称念仏の祖 『空也』の存在で。。。

仏教内部のセクト争いとは あえて「おいといて」。。。
例の「念仏踊り」によって、それまで平安期の貴族や知識階級の独占事項であった「宗教を」・・
一介の庶民層へと一挙に広めた。ぶっちゃけ「その行為」ってのは、衆集への魂の救済というよりもむしろ、
おそらくは 現・中国の「法論講」よりもズっと 政治的目標を抱いた、「ガキでも数のうち」(^^;って、
我が産まれし丹後国と同様に、仏教という宗教によるコレもまた「影の王国」樹立を目論んでいたではないか?? って。


> 酒天童子のストーリーが日本の宗教戦争までゆくと、流石について往くには息切れもしてきますが
> それなりに、久々でしたが愉しませて貰えました(^^)

ピエロさんは九州の出なので おそらくイッペンは聞いてるとも思えるのですが。。。
あのネ、『九州独立論』ってのアルでショ??

ハムのクロサキ曰く、今の時代で その論を公式の場で発表すると・・・
未だ 執行された例はナイのですけど、ヒョっとするならば「破壊活動防止法」それに払拭しちゃうらしいのだって。。。


良いワルいって問題ではなく、マジメに独立論を唱えるヒトらは 今も、フツフツと、それへの作戦を練っているとも思われますよネ?
酒呑童子の伝説も、リクめ推す シュテイン・ドッジ説のように、実在した(たぶん)酒呑童子って『人間は』・・
コレって だいそれた野望も 欲も抱いて無かったって気がして。
【 問題は 】・・・そのムーヴメントを チャッカリ利用し、自分ら活動の「神輿の上座」にノっけようと目論んでた、連中の存在、
おそらくは 朝廷側も 酒呑童子個人は 単なる「木偶」なんだって認識は持っていたとも思えます はい。
討伐のホントの狙いとは、当時 全国の各地で渦巻く 中央政権への不満 謀議に対して、
『うらぁっ1テメエっちらのワル企み 知らんとでも思ったか!オレら ヤルときゃアヤルかんねっ 神妙にしとけヤ ヴォケぇっ!』
って 脅しかけていたような気が。。。
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港で働く ジツはとっても気の荒い(?)アンちゃん・・・ですが、産まれついてのホルモン分解異常の関係で♂なのにEカップの胸の持ち主 という混沌としているわたしです。

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