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荒くれ文学館『 新訳:宇治拾遺物語 』

 どもども 久々に《荒くれ文学館》ブチかまさせていただきますが。
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今回は「町田康 訳 《宇治拾遺物語》」って それで。。。

このご本 鎌倉時代初期に成立したといわれる「宇治拾遺物語」。説話集のなかでもとくに有名な作品ですが、
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ある意味で「日本霊異記」と共に、日本最古の「怪談本」ともいえまして はい。

リクちゃまの家計のルーツであります 紀州あたりが大きく絡んでいましてネ、やっぱこの地域ってのは、シャーマニズムと縁が深いともいえます ええ。

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で、これを現代口語訳スタイルで訳し 上梓した 町田康センセでおますのですが・・・チト、出目がユニークな方で。。。

サイショ世に出たのが 作家ではなくて ナンと!《PUNKバンド のリーダー&ヴォーカリスト》とくに関西地区ではカルト的人気を博していて。


空前のバンドブームと言われた1980年代から90年代初め。そのスタート地点とも言える1981年に町田康率いる「INU」はデビューした。結成は79年。

当時のバンドブームが如何に破竹の勢いであったかという事を物語る様に当時は、数々のビッグネームが輩出された。BOΦWY、プリンセス・プリンセス、JUN SKY WALKERS(S)、ユニコーン、ザ・ブルーハーツ、BARBEE BOYS、レベッカ、X JAPAN――って、

ここでは紹介しきれない程の超有名バンドがズラッと名を連ねてて、その圧倒的な存在感は数字にも表れ、セールスや観客動員数など破格的な記録を次々と打ち出し、社会的現象にもなったのは たぶんみなちゃまも ご記憶の通りで。
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   ライブは常に、いつ殴られるかわからんって「こわいバンド」で

そのようなバンドブーム到来の初期、先述のメジャー感あふれる面々とはまたひと味違う「日本パンク創成期」があった。そこに現れた「INU」というバンドは、「ハードロックバンド」または「ロックンロールバンド」という感じではなく、まさに「パンクバンド」という存在だった。なにしろアルバムタイトルが「メシ喰うな!」だ。
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INUは同時期に活躍したパンクバンドとは少々趣が違った。他のパンクバンドが「ロックンロールやハードコアの要素」を取り入れているのに対し、意図的か否かは不明だがそれらをほぼ含まず、むしろ積極的に排除している様に思える傾向があった。そのサウンドスタイルを強いて挙げれば、英バンド・JOY DIVISION(ジョイ・デイヴィジョン)やPIL(パブリック・イメージ・リミテッド)に代表されるニューウェイブ、ポストパンクと呼ばれる音楽的アプローチが見られた。そこに日本語を乗せて歌うスタイルの「INU」は1978年から1981年当時は非常に珍しかった。

攻撃的であり厭世観(えせいかん=悲観主義)を伴う歌詞、えも言えぬユーモアと独特の言葉を発する町田町蔵の歌。後に作家として活躍する町田町蔵の「うた」として楽曲に乗せられる言葉の数々は、彼の初期衝動であるパンクバンド「INU」の時代から既に光っていた。その彼が率いるINUというバンドは、どこか直線的でない含みのあるパンクバンドとして、前衛感(文化の分野で最先端)を匂わせていた異端の存在。ユーモラスな言葉を絶妙に交えた詞をパンクに乗せ、殺気立った物腰で歌う町田町蔵は異才を放っていた。

当時の 町田康センセは 芸名として「町田町蔵」って名乗ってて、かなりの武闘派であったらしく、アチコチでケンカの武勇伝残してて、

ぶっちゃけ・・・リクちゃまこさえやがったウチとこの父親も、京都の「拾得」ってライブハウスで酒が入っての論議で ブン殴られたってひとりで(笑)ある意味「親の仇」きゃナ?(^^;
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      いっそのこと…コロしてくれりゃ良かったかも(^^;


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大槻ケンヂさんの著書にも、《僕らがライブハウス前の道で行列してたなら、向こうのほうから町田町蔵がフーラフラ歩いてきて。誰かが《あっ!町蔵だっ》っと叫んだら…町蔵さんが即座に《誰が 町蔵じゃっっ!?》って臨戦態勢に・・《あっ…すいません・・・》って謝る客に、町蔵さんは ニタ~って笑い そして…《ワシやあ》と・・・》(古典的 よしもとオチえすわナ)。。。
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で 演奏中に・・町蔵《・・・このギターな!さっきからゼンゼン音が出絵へんねん!!ナンでかオマエら判るかぁっっ!?》期限がワルい町蔵に固まる客席・・・そうしたなら やっぱニタ~っとして《・・・コードが抜けとった・・・》やれやれ・・・(--;

ご当人曰く「アレは前日の晩 寝えないで考え抜いたギャグでした」とのことで。。。
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町田康センセは『きれぎれ』で芥川賞をとっているけれど、その前にも『けものがれ、俺らの猿と』で最終候補まで残ってましてネ、PUNK出身ってことで、色メガネで捉えては本質はわかりません はい。

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     この方 けっして、大成してマルくなった訳ぢゃござんせん。。。

今回 町田センセが「現代口語訳」にまとめた この「宇治拾遺物語」なのでおますが・・・超短絡的なおバカ解釈で捉えるならば、『ああ 昔話を 若者言葉でギャク風に訳したのネ』ってなるわけわけなんでおますが・・・

でも、このご本を手に取り 読んでみますならば…スグに『ンな短絡的、安易なウケ狙いの本なんかじゃあない・・・』ってスグにご理解できます ええ。


お笑いのギャグネタでと 完璧に「質」が異なるのは・・・町田センセのコレは・・『平安・鎌倉時代に起きた事件・怪異を 21世紀の今へと【時空を超えるフィルターの役割】それを成し遂げている』ってことで。。。


唐突でおますけども、 みなちゃまは「古典」ってガッコ時代 おスキでしたか?? わたいはイマイチ スキくなくて ええ。。。

じゃあ スキになれんかったその理由は??・・・シンプルです、およそ 日本におけます「古典文書」ってのは 総じて、【後世 読む側の人間のことコレぽっちも考慮してない】ぶっちゃけ そういった独善性と「驕り」が目立つ・・・
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      『古典=権威』…ぶっちゃけ違うだろそれ!!

書きしたためられました「文章」それの《基礎的・本質としての内容》それは大事なんです ええ。が・・・ヒトが交わす言葉でも、時間の経過 時代の変化と共に、次第に変わりゆくのは 当然・・・
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で この「宇治拾遺物語」ってのはだ、平安・鎌倉期の時代におけます 庶民階層の バラエティー的《娯楽本》であっただろうことは 明らかで、

ナマイキでっけど、現代におけます《学習指導要領》は・・・この 大衆文学&滑稽本などのジャンルですらを・・コ難しい領域へと やたら若者を誘導してやがル・・・

そ~でなければ、徹底した《おとぎ話追いやり政策》ネ、若者はサ~・・・ンな オカミによる《お仕着せ》嫌うの当然じゃん?? 活字離れは さらに進むばかりだとわたくし思う うむうむ。。。

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         鎌倉期当時の 若者向け雑誌的意味合いかとも

ある意味で「若者雑誌」に近かったかも。ギャグマンガもあればシリアスな記事もあり、オカルトコーナーもあって、NUDEも載ってるヨってゆう。

ナニも 全ての古典文学が 21世紀の今 大学なんぞの象牙の塔でもって、しかめっつらしく研究するために 世の中に出たって・・・【 ンなわけがナイじゃん! 】って。


クラシック音楽でも、ベルリンフィルとかが演奏する バッハやモーツアルトの曲、作曲されました昔の当時とは、今の演奏は テンポから指揮者による解釈まで 相当に作曲当時とは 違いがあるとも。
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     文字文化に貴賤なし!すべてはエンタメなのだ

でも、あくまで《大事な基本》は大事に貫かれていますよネ?大事なのは「その姿勢」なんス はい。
            
ある角度から見ますならば・・・昨今におけます「文学の(売り上げとして)不振」ってのは・・・

昔から今に伝わる 多くの文献等を 『現代人にマッチングする工夫と努力』・・それが決定的に足りなかったのでわにゃかろ~か?? って思う次第で うううむ。。。

出版元がネット公開してますゆえ、まんまコピペするのですが、「こぶとりじいさん」

 
 『 奇怪な鬼に瘤を除去される 』

これも前の話だが、右の頬に大きな瘤のあるお爺さんがいた。
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その大きさは大型の蜜柑ほどもあって見た目が非常に気色悪く、がために迫害・差別されて就職もできなかったので、人のいない山中で薪を採り、これを売りさばくことによってかろうじて生計を立てていた。
 
その日もお爺さんはいつものように山に入って薪を採っていた。いい感じで薪を採って、さあ、そろそろ帰ろうかな。

でも、あと、六本くらい採ろうかな、など思ううちに雨が降ってきた。ああ、雨か。視界の悪い雨の山道を歩いて、ひょっ、と滑って谷底に転落とかしたら厭だから、ちょっと小やみになってから帰ろうかな、と暫く待ったのだけれども、風雨はどんどん激しくなっていって、帰るに帰れなくなってしまった。
 
そこでやむなく山中で夜を明かすことにして、広場のようなところに面した大木の洞に這い込んで膝を抱えた。
 

夜の山中は真の闇で、人間の気配はまるでなく、魑魅魍魎の気配に満ちて恐ろしくて恐ろしくてならなかったが、どうすることもできなかった。
 
眠ることもできないまま膝を抱えていると、遠くから大勢の人の話し声が聞こえてきた。
         
やったー、人だ。捜索隊が派遣されたのだ。よかったー。「おーい、僕はここだよー」と叫ぼうとして、お爺さんは寸前で思いとどまった。
               
この暗闇から、この不気味な顔を、ぬっ、と突きだしたら、それこそ変化のものと思われて撲殺されるかも知れない。なので近くまで来たら、小声で自分は奇妙な顔ではあるが人間である、と説明しながらそっと出て行こう、と思ったのである。
 
しかし、それは賭けでもあった。なぜなら、捜索隊がお爺さんのいる方に近づいてくるとは限らず、明後日の方向へ行ってしまう可能性もないとはいえなかったから。でもまあ、そうなったら、つまり声が遠ざかっていくようであれば、そのときは声を限りに叫ぼう、そう思ってお爺さんが辛抱強くしゃがんでいると、幸いなことに声はずんずん近づいてきて、ああよかった。誰が来てくれたのだろう、見知った人であればよいが、と木の洞から少し顔を出して覗いて、お爺さんは驚愕した。
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お爺さんのいる木の洞に向かって歩いてくるのは捜索隊ではまったくなく、鬼の集まりであったからである。
 
その姿形たるやはっきり言ってムチャクチャであった。まず、皮膚の色がカラフルで、真っ赤な奴がいるかと思ったら、真っ青な奴もおり、どすピンクの奴も全身ゴールドというど派手な奴もいた。赤い奴はブルーを着て、黒い奴はゴールドの褌を締めるなどしていた。顔の造作も普通ではなく、角は大体の奴にあったが、口がない奴や、目がひとつしかない奴がいた。かと思うと目が二十四もあって、おまえは二十四の瞳か、みたいな奴もおり、また、目も口もないのに鼻ばかり三十もついている奴もいて、その異様さ加減は人間の想像を遥かに超えていた。
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       この連中も、昔の時代なら「鬼」でおますわナ。。。
                    
            
そんな奴が百人ほど、昼間のように明るく松明を灯し、あろうことか、お爺さんの隠れている木の洞の前に座って、お爺さんはもはやパニック状態であった。
 
どうやら鬼はそこで本格的に腰を据えて宴会をするらしかった。いつしか雨はやんでいた。
 

リーダー、って感じの鬼が正面の席に座っていた。そのリーダー鬼から見て右と左に一列ずつ、多数の、あり得ないルックスの鬼が座っていた。
 
見た目はそのように異様なのだけれども、おもしろいことに、盃を飛ばし、「ままままま」「おっとっとっ」「お流れ頂戴」なんてやっているのは人間の宴会と少しも変わらなかった。
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        鬼の世界にも「三木のり平」が居たってか・・・

暫くして酔っ払ったリーダーが、「そろそろ、踊りとか見たいかも」と言うと、末席から、不気味さのなかにどこか剽軽な要素を併せ持つ若い鬼が、中央に進み出て、四角い盆を扇のように振り回しながら、ホ、ホ、ホホラノホイ、とかなんとか、ポップでフリーな即興の歌詞を歌いながら、珍妙な踊りを踊った。
 
リーダーは杯を左手に持ち、ゲラゲラ笑っており、その様子も人間そっくりで、酔っ払って油断しきった社長のようであった。
 
それをきっかけに大踊り大会が始まってしまって、下座から順に鬼が立って、アホーな踊りを次々と踊った。軽快に舞う者もあれば、重厚に舞う者もあった。非常に巧みに踊る鬼もいたが、拙劣な踊りしか踊れない鈍くさい鬼もいた。全員が爆笑し、全員が泥酔していた。
 
その一部始終を木の洞から見ていたお爺さんは思った。
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  こいつら。馬鹿なのだろうか?・・・

 そのうち、芸も趣向も出尽くして、同じような踊りが続き、微妙に白い空気が流れ始めた頃、さすがに鬼の上に立つだけのことはある、いち早く、その気配を察したリーダーが言った。

「最高。今日、最高。でも、オレ的にはちょっと違う感じの踊りも見たいかな」
 
リーダーがそう言うのを聞いたとき、お爺さんのなかでなにかが弾けた。
 
お爺さんは心の底から思った。

    踊りたい。。。

踊って踊って踊りまくりたい。そう。私はこれまでの生涯で一度も踊ったことがなかった。精神的にも肉体的にも。こんな瘤のある俺が踊るのを世間が許すわけがない、と思うまでもなく思っていて、自分のなかにある踊りを封印してきたのだ。けれども、もう自分に嘘をつくのは、自分の気持ちを誤魔化すのは嫌だ。私はずっと踊りたかったのだ。踊りたくて踊りたくてたまらなかったのだ。いまそれがやっとわかったんだ!
 
そこでお爺さんは飛んで出て踊っただろうか。もちろんそんなことはできるわけがなかった。というのは、そらそうだ、そこにいるのはとてもこの世のものとは思えぬ異類異形。そいつらが宴会をやっているところへ人間が闖入するなどしたら瞬殺に決まっている。
 
お爺さんは歯を食いしばって耐えた。ああ、踊りたい。でも殺されたくない。
 
葛藤するお爺さんの耳に、カンカンカカーンカンカンカカカーン、と鬼が調子よく奏でるパーカッションが心地よく響いていた。
 
 ああ、やめてくれ。自然に身体が動いてしまう。
 
一瞬、そう、思ったが、もう駄目だった。気がつくとお爺さんは木の洞から踊りながら飛び出していた。
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悪霊に取り憑かれたか、なんらかの神が憑依したとしか考えられない所業だった。そのときお爺さんは思っていた。
 
いま踊って死ぬなら、死んでもよい、と。あのとき我慢しないで踊ればよかった、と後悔したくない、と。
 
楽しく飲んでいたところに突然、ぼろい帽子を被り、腰に斧を差した身元不明の老人が現れたので、その場に緊張が走った。「なんだ、てめぇ」と、何人かの鬼が立ち上がった。
 
けれども、踊ること以外、なにも考えられない状態のお爺さんは気にせず踊った。踊りまくった。うんと身体を縮めたかと思うと、気合いとともにビヨヨンと伸びたり、身体を海老のように曲げたり、ときに娘のように腰をくねらせ、指先の表現にも細心の注意を払い、ときにロックスターのように律動的な文言で観客を煽りながらステージ狭しと駆け回ったり、と、伸縮自在、緩急自在、技、神に入って、お爺さん、一世一代の名演であった。
 
その、あまりのおもしろさ、味わい深さに、初めのうちは呆気にとられていた鬼であったが、次第にお爺さんの没我入神の芸に引き込まれ、踊りまくったお爺さんがフィニッシュのポーズを決めて一礼したとき、全員が立ち上がって手を拍ち、ブラボウを叫んだ。
 
ことにリーダーの鬼が気に入った様子で、鬼は進み出てお爺さんと頭のうえで手を打ち合わせ、その小さな躯を抱きしめてから、お爺さんの手を取り、その瞳を見つめて言った。
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「長いこと踊り見てきたけど、こんな、いい踊り初めてだよ。次にやるときも絶対、来てよね」
            
踊りの興奮がまだ残っているお爺さんは息を弾ませつつ言った。

「はい。絶対、また呼んでください。みんなが喜んでくれたのはすごく嬉しいんですけど、自分的にはまだ納得できてない演技がいくつかあって、今回、急だったんでアレですけど、気に入ってもらって、また、呼んでもらえるんだったら、次こそ完璧な演技をしたいんで」

「さすがだよね。あれだけの踊りやって、まだ、反省するとこあるっつうんだから。絶対、来てね」

そう言ってリーダーがまたお爺さんを抱きしめたとき、序列三位の幹部級の鬼が言った。

「リーダー、口は重宝と言いますよ。いまはそう言ってるけれども来ないかも知んねぇでしょ。絶対来るようにしておく必要なくなくないですか」

「あ、そっか。だよね。オレは来てほしいけど、この人には来る理由はないもんね。うーん、と、うーと、どうすっかなあ。あ、じゃあさあ、出演料払う、ってのはどう? 例えば、おめぇ、鼻、三十あんじゃん? それを三つか四つ、この人につけてあげるとか」

「嫌ですよ。それに、それだったら、もうこれ以上鼻は要らない、と思ったら来ないじゃないですか。だからそうじゃなくて、逆にこの人の大事なものをこっちで預かって、来ないと返さないよ、ってことにするといいんですよ」

「なるほどね。でも、それって極悪じゃね?」

「踊り見たくないんですか」

「見たい。絶対、見たい」

「じゃあ、極悪でもしょうがないじゃないですか」

「だね。じゃあ、ええっと、みんな考えて。なにを預かればいいと思う?」
 
リーダー鬼がそう言って、みなで考え、斧、衣服、財布、煙草入れ、燧石、帽子、各種カード類など、様々に意見が出たが、どれも、本当に大事なものか、というと、そうでもなさそうなものばかりで、決め手を欠き、一同が考えあぐねているとき、リーダーが突然に、「瘤だよ」と言った。

「なんすか」

「だからほら、あの人の頬にある瘤だよ。おまえだって、その鼻、一個でも取られたらやっぱ嫌でしょ」

「嫌ですね」

「オレだって、このおでこの陰茎、六本あるけど取られたらやっぱ嫌だもん。じゃあ、そうね、やっぱ瘤いこう、瘤」
 
リーダーがそう言い、何人かの鬼が瘤を取ろうとして近づいてきたとき、お爺さんは内心で、やったー、と思っていた。永年、自分を苦しめてきた瘤を除去してもらえる。こんな嬉しいことはない、と思っ  たのである。
 
しかし、鬼の剣呑な相談事を聞くうちに踊りの興奮から覚め、日頃の用心深さを取り戻したお爺さんは、ここで嬉しそうにしたらまずい、と思った。なぜなら、自分が瘤を大事と思っていないことを、どうやら身体のパーツを自在に取り外しできるらしい鬼に知られたら、別の、本当に取られたら困る、目や鼻や口を取られるおそれがある、と思ったからである。そこでお爺さんは、心の底から困る、という体で言った。


「あー、すんません。この瘤だけは困るんです。そんなことしなくても私は来ますよ。だって踊りたいんですもん。でも、どうしても信用できない、って言うんだったら、目か鼻にしていただけないでしょうか。この瘤は私が若い頃からずっと大事にしてきた瘤なんです。それを、踊りが見たいから取る、って、それはあんまり、っていうか、はっきり言ってムチャクチャな論法じゃないですか」
 
お爺さんが縷々、訴えるのを聞いて嬉しそうにリーダーが言った。

「ここまで言うんだからマジじゃね? やっぱ、瘤、いこうよ、瘤」
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何人かの若い鬼がお爺さんに駆け寄り、後ろに立った者が躯を押さえつけ、前に立った者が手を伸ばして瘤をねじ切って取った。
 
お爺さんは覚悟していたが不思議と痛みがなかった。

「じゃあ、絶対、来てね。連絡するから」
 
言い残し鬼たちは帰っていった。チュンチュラ、と鳥が鳴いた。気がつけば暁方であった。
 

夢のような出来事だった。もしかしてマジで夢? そう思ったお爺さんは右の頬に手を当てた。そこに瘤はなく、拭い去ったようにツルツルであった。このことを誰よりも早く妻に知らせたい、と思ったお爺さんは伐採した薪を木の洞に残したまま中腹の家に飛んで帰った。
 
お爺さんの顔を見て驚愕した妻は、いったいなにがあったのです? と問い糾した。お爺さんは自分が体験した不思議な出来事の一部始終を話した。妻はこれを聞いて、「驚くべきことですね」とだけ言った。私はあなたの瘤をこそ愛していました。と言いたい気持ちを押しとどめて。
 
そんなことでお爺さんの瘤がなくなった。それを見て、いいなー、と思った人がいた。
 
お爺さんの家の隣に住むお爺さんである。嘘のような偶然なのだけれども、事実は小説よりも奇なり、この隣に住むお爺さんの左の頬にはお爺さんの瘤とまったく同様の瘤があった。そしてお爺さんと同じように瘤があることによって迫害・差別されていた。
 

なので、ある日以降、お爺さんの頬より瘤が拭い去ったようになくなり、すっかり快活な人間になって就職活動などしているのを見て、自分も同じくなくしたい、と思ったのである。そこで何日か後に隣のお爺さんはお爺さんの家に行った。

「すんません」

「はいはい、ただいま。ああ、どうもどうもどうも。どうしたんですか。改まって」

「実はお伺いしたいことがござりまして罷り越したようなこってございましてございます」

「へりくだり過ぎてなにを言うてるかわからないんですけど、どうしたんですか」

「いや、あのすみません。それでは単刀直入に申し上げます。実はそのお、ま、このお、瘤のことなんですけどね、どこで手術したんですか」

「はあ?」

「いや、だから、とぼけんでもいいじゃないですか。教えてくださいよ。僕も瘤を取りたいんですよ」

「あ、なるほどこれですか。これはお医者さんに取ってもらったんじゃないんです。実は……」
 
こうこうこうこうこういうことがあって……、とお爺さんは自らの奇怪な体験を隣のお爺さんに話した。普通の人間だったら、そんな恐ろしい体験は絶対にしたくない、と思うのだけれども、隣のお爺さんは瘤を取りたかった。取りたくて取りたくて仕方なかった。なので、自分も同じように奇怪な鬼と遭遇し、同じように踊り、同じように瘤を取ってもらいたい、と願い、事の次第・子細をお爺さんから聞き出した。
 
そして夕方になるのを待ち、お爺さんの言っていた洞のある大木が生えている広場に出掛けていき、木の洞に這い込んで鬼の来るのを待った。したところ。
 

暫くすると本当に鬼が来て、隣のお爺さんは座ったまま小便を垂れ流した。話に聞いていた以上に鬼どもの姿形が奇怪で恐ろしげであったからである。
 
息を潜めて眺めていると鬼たちは、これも話に聞いていたように宴会を始めた。早くも踊り始める者もあった。けれどもリーダーはそわそわして、あたりを見回し、「あれ? お爺さんどこ? お爺さん、来てないの?」とお爺さんばかり気にしている。
 
隣のお爺さんは、とても出て行けるものではない。こんなところに出て行くなんて死にに行くようなものだ、と、そう思って木の洞のなかで手で頭を隠し、躯を屈めて隠れていた。そのとき、お爺さんの左の肘に触れるものがあった。
 
瘤であった。お爺さんは、この瘤がある限り、俺は一生、暗闇で震えているしかない。膝を曲げ、腰を曲げ、両の手で頭を覆い隠し、泥と小便にまみれて震えているしかない。おまえはそれでいいのか? 本当にいいのか? あのお爺さんのように快活な人間になりたくないのか? なろうとは思わないのか?
 
そう思ったお爺さんは洞から這いだし、ゆっくりと立ち上がった。ゆっくりと立ち上がって鬼たちの方に向かってよろよろ歩いて行った。

「あ、お爺さんだ。リーダー、お爺さんが来ました」

「マジい? あ、ほんとだ。ほんとに来てくれたんだね。ありがとう。じゃあ、とりあえず踊ってよ。あれからずっと見たいと思ってたんだよ」
 
言われてお爺さんは真摯に踊った。けれどもそれは、先般、踊ったお爺さんの踊りとは比べようもなく拙劣な踊りであった。
 
というのは当たり前の話で、前のお爺さんは、踊りたい、と心の底から思って踊った。けれどもこのお爺さんは踊りは二の次、三の次で、瘤を取りたい、と思って踊っており、そうしたものは観客にすぐに伝わるものである。けれども、自分は真面目にやっている、真剣にやっている、と信じている隣のお爺さんにはそれがわからず、盛り上がりに欠けた一本調子の、おもしろくもなんともない独善的な踊りを延々と踊り続けた。
 
そして、前のお爺さんと同じレベルの芸を期待していた鬼たちは白けきっていた。特にリーダーの落胆ぶりは甚だしく、「ぜんぜん、駄目じゃん」と言って首を揉んだり、顔をしかめて頭をこするなどして、まったく踊りを見なかった。
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もちろん、別人なのだから能力が異なるのは当たり前なのだけれども鬼から見れば人間のお爺さんは、みな同じ人に見えた。
 
にもかかわらず、自分の瘤のことばかり考えていて、そうした観客の発する気配を察することのできないお爺さんは踊りをやめず、痺れを切らしたリーダーはついに、もう、いいよ、と言った。


「もう、いいよ。見てらんない。なんか、小便臭いし。瘤、返して帰ってもらってよ」

「了解」
 
やはりお爺さんの踊りに辟易していた、末席にいた鬼が袋からお爺さんの瘤を取り出し、踊るお爺さんめがけて投げた。
 
ぶん。音がして瘤が飛んだ。
 
なんらの情趣も情感も感じられない、腰痛持ちが田植えをしているような所作から、ウントコウントコ、ドッコイショ、と、躯を伸ばし、両の手を天に向けてヒラヒラさせ、爪先だって回転しようとしていたお爺さんは、突然、打撃されたような衝撃を右頬に感じ、その場に転倒した。
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                 あ~~あ。。。

ペッペッペッ。土を吐いて立ち上がったお爺さんのその左右の頬に醜い瘤が付着していた。あれほど嫌だった、これまでさんざんお爺さんを苦しめてきた瘤が二倍になってしまったのである。その顔は、「だからやめとけ、つったじゃん」と言ってないけれども言いたくなるような滑稽で無様な顔であった。
 
あいつにできたのだから自分もできるはずと信じ込んで行動すると、やはり手ひどい失敗をするらしい。そのあたりに気をつけて生きたいものだ。



ぶっちゃけ…どないですか??ハンパなく《PUNK》でおまショ? いひいひ♪

けっして リクちゃまが書いたのでわござんせん(^^;

だが・・・《ハナシの基本ライン》からは 1ミリもはずレてはおりません はい。

 たとえば、「芋粥」の元ネタになった説話(『今昔物語』にも同じ話あり)の、次のような一節。

「え? 芋粥を飽きるほど食いてぇ? それマジ?」

「マジっす」

「よりによって芋粥かよ。滓(カス)みてぇな奴だな。あ、わりぃ、わりぃ。ごめんな。お客さん、滓とか言っちって」


「藤大納言忠家、物言ふ女放屁の事」は次のようになっています。
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「ぶうっ。というその場の雰囲気にまったくそぐわない異様な音がして、異様な臭が漂った。そう、大納言の強い力に全力で抵抗したその時、女は放屁をしてしまったのである。

女は、こういう時はなんと言って取り繕えばよいのだろうか。と考え、次の瞬間、どう言っても取り繕えない、と判断、その場にそのまま突っ伏して動かなくなった。(中略)

その時点で大納言はある決意をしていた。出家である。(中略)

『雰囲気出して、いざこれからやろうというときに屁ぇこかれるなんて。もう、何も信じられない。これから女とやろうとする度にあのサウンドが頭に響いてやれない。だったらもう出家しかないでしょう。はっきり言って』
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         あんさん チト早まってはあきまへんて・・・

だが大納言忠家は』スグにこうも考えた。。。でも…アレっすよネ??今の大納言の立場捨てて 出家なんかしちゃったなら、今の肩書や仕事オジャンなんですよネ??

なんか…それって 釣り合わなくない??大納言のボクがですヨ…おんなが屁ぇこいたって理由で 出家するって果たしてどぉなのヨ??

それマジおかしくないですかぁ?? いいや!あれは《なかったことにして》忘れちゃお~~っと♪
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    平安の世から、まぁ~人間なんてのは ンなモンだわサ♪


・・・うむうむ・・・このよな文をば読んで…『フザけんなっっ!!』って逆上する(ココロの余裕足りない)御仁も居るとは思いますが・・・

でもネ・・・冷静になって 考えてみません?? この「宇治拾遺物語」ってのはだ・・・【 本来 こういったタッチで描かれていたのだ 】ってこと。


たぶん 町田センセも、そのことに着眼して、このご本全体を 若者言葉による 軽薄なタッチ満載で狙って 描いたのでありましょうと ええ。

この「宇治拾遺物語」は、けっして!!過去作品への 冒涜なんかじゃございません はい。

おそらくは・・・町田センセも、古い 古典の文学が、高尚な研究対象としてのモノと、そでなけりゃ、お子ちゃま対象の おとぎ話・・・【 その2つ!しかない! 】って 今の状況を憂いているのだと。
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       高尚も下賤も「本は本」愛されてナンボでおますだヨ

公開されます 映画『PUNK侍』もそうですが、わたい的には 町田センセが けっして、奇をてらって書いたのだとは思えませんで・・・


むしろ、今回の「宇治拾遺物語」の切り口をブチかますが為に、芥川賞の実績が必要であったのだろうって。ぶcchけモノホンの「PUNK精神」でおますだヨ♪

むしろ・・・間違った 整理棚にズ~っと置かれたままで、キュークツな思いをしていたでしょう、過去の 大衆文学作品について、

ハナシ自体としての 本来有していた『多くのヒトに楽しんでもらいたい』って サイショにこれらのハナシを上梓したヒト、その意思に 町田センセは【 息吹を吹き込んだ 】それなんであろうと♪

           wepp43.jpg
      フザケる時ゃぁ『徹底して《マジメにフザケる》』のサ♪


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なるほどなるほど。。。

安直な お笑いネタとかでの昔話展開ではなくて これは。

十分な筆力のある作家による「時空を超えた 現代的解釈」それなのですね♪
人の「口語」による表現なんかは、むしろ こういった若者言葉的な雑駁な方が生き生きとしている気がします。

昔の人だって こういった流行的なセリフとか用いていたと思うし、
面白がったり やたら怖がるってのも、昔も今も さして変わりはないんだろって思います。
才能があるからこそ「まじめにふざけられる」それですネ。

あり、おり、はべり、いまそかり

学校の古文の時間は、苦手でした。
祇園精舎の鐘の音……
文章の調子は、良いので、寿限無みたいに覚えるのですが、文法がね、どうも…

歌舞伎役者か狂言師だったかが、海外公演が成功したということで
「良いものは、国の違い無く伝わるのですね。」って言ってましたが。
果たしてそうなのか?
その国の現代語訳が舞台脇に出てたからじゃない。
勧進帳、仮名手本忠臣蔵…
みんな観てる人は、基本情報を押さえている人ばかりじゃないの。

芥川賞取ってからの収筆との事、やる事が渋いですね。

貴族のお姫様の「屁」の話
時代が下れば、落語の小話だ。

新吉原の大店の花魁。
大名道具とも言われ、芸事、和歌短歌を嗜み、お茶にお花。一般庶民にゃ高嶺の花。
お客様の前であろう事か「放屁」をしてしまった。その言い訳が
「実は、願掛けをしております。
一日一回、人前で恥を描くことにしております。」
お客は、「殊勝な心がけ。」
と、またまた、花魁が放屁。
お客が、気づくと、花魁すかさず
「これは、明日の分。」

言葉が、分かりやすいからか、文化が爛熟したからか?
古典を見直す作業は、様々試みられていますが、余りにも身もふたもない古典もあるようで。

無事再開で ホッ♪

源氏物語なんか それこそ一生を費やして 真剣に研究している学者さんもいますが・・・

でも、それとは反対に 童話や昔話のみだという現状も ちょっと寂しいものを感じますよね。

町田康 訳の「こぶとりじいさん」には、
いかにも リクさんの琴線にヒットする要素が満載だと思えます。
基本の枠組みは崩さずに、タイムマシン的に「今の人であるなら きっとこういう風に思ったり喋べるよね」
こういう作業は 相当の頭脳があってはじめてできるのでしょうねえ。。。

No title

どーも自分も、国語は好きな方でしたが・・・「古典」というと どうにも相性がよくなくてw
卒業まで 赤点すれすれだった嫌な思い出しかなく。。。

もったいないですよね、せっかくの 日本の古いけど 面白い話を埋もれたままにしておくのは。
それには 工夫が必要。町田康さんのような、常識に囚われないアプローチで ズバズバ斬っていくのは とても面白いと思う。

知らなかった おバカなワタシ

 おおっっと!! そ~なんだ! 「あの」・・・INUの狂犬 町田町蔵が、芥川賞受賞作家の 町田康だったとは!(><)

INUは実際のライブこそ見てないですが、音源聞いた時は かなりショック受けましたわ ええ。v-12
PUNKロックというのは もはや、演奏技術【それさえ】2の次 3の次なんだって クラシックで育ったワタシのよな人間には 打ちのめされた気分で。

「正統派」と呼ばれる音楽に対する、アンチテーゼとしての PUNKってスタイルと、本来 笑うべきな話を 不必要にガチガチの 面白味もない論文にしたがるって、
そんな 古典文学の砦に町田康さんは、今も失せない 「PUNK魂」で切り込んだのですネ♪v-42

思いますに

 作者である 町田康さんは、まだまだパンク魂を失っていませんなぁ♪

リクさんも書いておられるように、その才気と筆の力で、見事 芥川賞をとり、そうした上で・・・
この国にはびこる ガチガチゴリゴリの 既成の「権威」とやらに、パンク精神で ガチの喧嘩を仕掛けたのだと♪

小生思いますに、古くより伝わるおおもとのハナシを 当世流にアレンジして 大衆をおおいに楽しませる「戯作者の作業」は とても大事で必要だと思います。
思うのですが 同じ人間である以上、現代も1000年前も、人としての生き方や 感情というのは、さほどの違いはないだろうって。
1000年前の人が「面白い!」って感じたことは 現代だって同じように面白い筈、時空を飛び越える ドライバーとスティックが必要なんだと。

町田康という人物は

勉強不足で全く知る由もなかった
それに punk は好きじゃなかったし・・・
でも、
なんていうか
言葉一つ一つが生きている
文章を読み進めて行くたびに、一つ一つの言葉がニョッキ、ニョッキととびだしてくる
飛び出してきては、読み手に直で話しかけてくる
この感覚はまるでアニメーションだ

面白いね〜

才能があるというのはこういうことを言うんだろうね

芸術大学や芸術学部を出て、お芸術ごっこしか知らない手合いが多い中で、
久々ほんものに出くわした
なんだろう・・・
初めて中原中也の詩に巡りあった時と似ている

3月に甲府から戻って来て以来、ずっと酷く厭世的な気分に陥ってて・・
そんな中で忘れていた笑いを取り戻した気分^ ^

Re: サンシャインさんへ

サンシャインさんいつもありがとうございます♪

> 安直な お笑いネタとかでの昔話ではなくて これは。
> 十分な筆力のある作家による「時空を超えた 現代的解釈」それなのですね♪

はいはい 町田センセは、『音ではなく 文学で《PUNK》をブチかました』それに尽きますわけで♪
ぶっちゃけ「そこんとこに意味と意義がある」わけわけヨ。
従来の 既に敷かれたレールからハミ出し、独自の新機軸を打ち立てるって、それの行為こそがPUNK精神でもあって。

> 昔の人だって こういった流行的なセリフとか用いていたと思うし、
> 面白がったり やたら怖がるってのも、昔も今も さして変わりはないんだろって思います。

ってか、人間は 生理的な感情や思考、そして行動とかって ナンも変わってないンだと思います はい。
賢い面も 反対に 愚かなる面も含め、数万年ってゼンゼン変わらないまま 今に至っているのだろうと。
違いは「時代時代での ライフスタイルの相違」その差異は、後世のヒトの手によって 縦横にアレンジしたところで ナンも失礼とかには及ばないだろうって そう思うのですよん ええ。

Re: アツシさんへ

 アツシさん いつもありがとうございます♪

> 学校の古文の時間は、苦手でした。 祇園精舎の鐘の音……
> 文章の調子は、良いので、寿限無みたいに覚えるのですが、文法がね、どうも…

たとえば・・・英語圏に住むビジネスマンなんか、ビジネス文書『ですら!』・・・
アイツら 平気で 英語のスペル間違えて書いてやがりまス(--;
ラフだってより、要は『意味さえ相手へ伝わりゃイイじゃん?』って意識なんですナ ええ。
我が国の 国語教育全般の ある意味での「欠陥」とも呼べるかも。。。
そこに描かれています内容を十分に把握・理解するよりも まず!! 体裁としての「文法」をば あくまで優先するって図式・・・

> 歌舞伎役者か狂言師だったかが、海外公演が成功したということで
> 「良いものは、国の違い無く伝わるのですね。」って言ってましたが。
> 果たしてそうなのか?

居ますでショ?『英訳した《古典落語》を外国のヒトらに聞かせたい』なんて、おバカな事ホザいてる(売れない:笑)噺家が。

オメエなぁ・・・ンな世迷言ホザいてるヒマあったら…《落語家としてのスキル、噺の技術向上 必死にやらんかいヴォケ!!》で(^^;
「言葉の壁」って問題と、「演者の力量」ってものはマルで違う 柱なはずであって、
名人がウケるって要素には 言葉やセリフのみではなく、独特の「間」フトした目くばせ目つき、全体のたたずまいとかって、
そういった要素が 長年の修業の結果 そこに総体的に放出され、それにより お客におおいにウケている・・・案外 皮肉にも「それ」をプロが理解してない。。。


> 芥川賞取ってからの収筆との事、やる事が渋いですね。

町田センセが まだ売れない時代にコレやったなら、単なるネタで終わっちゃってると思うのですよん ええ。
世の うるさ方を 黙らせるってより、むしろ・・・『ザマぁみろい♪』って 嘲笑うPUNKのスピリットを感じますわけで♪


> 貴族のお姫様の「屁」の話
> 時代が下れば、落語の小話だ。

「笑い」というのは 言い切れないのありますが、
概ねにおいて 『ヒトの行動におけるところの《落差》』落ち着きない子供が バナナの皮に滑って転んでも可笑しくもない、キチっとした紳士織女が転んでこそ わはは!ってなる 落差ですよネ。
単なる「ヒトが放屁した」ダケのハナシ、それが放屁した当人が 京の貴族階級のヒトって そこいらがミソですよね。

> 言葉が、分かりやすいからか、文化が爛熟したからか?
> 古典を見直す作業は、様々試みられていますが、余りにも身もふたもない古典もあるようで。

ぶっちゃけ『ドコが面白いってんだ ああ??』って、古典はイッパイありますよね~~
ココだけのハナシ…「狂言」とか(笑)(^^; 今どきの三歳児でも笑わねぇゾ ンなもの・・ってのがジツに多いとも。。。
狂言は・・・ぶっちゃけ『オカミの庇護対象に成り下がった瞬間に それまでの輝きを失った』って申せます ええ。
ンだから「伝統と歴史を誇るしか存在意義を打ち出せなくなった」

Re: ちゃー子さんへ

 ちゃー子さん いつもありがとうございます♪

> 源氏物語なんか それこそ一生を費やして 真剣に研究している学者さんもいますが・・・
> でも、それとは反対に 童話や昔話のみだという現状も ちょっと寂しいものを感じますよね。

うむうむ・・・「それ!」なんだ いかにもネ。。。
「中間の文学形式」それが殆どない(><) 千年前だろうと ヒトはヤってる行動とか なんら変わりがないンでっからサ、もっともっと、雑駁な日常風景とかを描いた作品が残ってないってのは いかにも寂しく残念ですわナ。

> 町田康 訳の「こぶとりじいさん」には、
> いかにも リクさんの琴線にヒットする要素が満載だと思えます。

ぶっちゃけ わたい自身が ガッコっ出て 港へ入ったって時分にゃ『ナンとPUNKなっ!! @@;』ってサンザン言われましたから いひいひ♪

> 基本の枠組みは崩さずに、タイムマシン的
> こういう作業は 相当の頭脳があってはじめてできるのでしょうねえ。。。

それの作業としての着眼点は 正直、フトしたヒラメキに過ぎないのでは?とも思えます が・・・
実際に それを実行するって点において、町田センセが 芥川賞受賞ってのが 大きな武器に。
そぉすっと、無暗にこの作品を否定・攻撃することは、芥川賞の権威も否定するって事にもなりますからネ、
おそらくは 町田センセは そこんとこもニヤリとして 計算してブチかましてるって思うと 爽快な気分になります はい♪

Re: タキさんへ

 タキさん いつもありがとうございます♪

> どーも自分も、国語は好きな方でしたが・・・「古典」というと どうにも相性がよくなくてw
> 卒業まで 赤点すれすれだった嫌な思い出しかなく。。。

ぶっちゃけ 誰しもが 似たようなモンでわにゃかろ~か と。
率直にイって「つまらんかったネ~~」古典の時間は。。。
オトナに十分になってからこそが 鎌倉や京都が 急に面白く『興味深くなるように』
たぶん 中高生に古典の授業は不必要なのではにゃかろおか??って。

> それには 工夫が必要。町田康さんのような、常識に囚われないアプローチで ズバズバ斬っていくのは とても面白いと思う。

お料理におけます「素材と調理法の関係」と とても似ているとわたいは思います はい。
同じ お野菜を使うにしろ、その時代時代における ニーズや流行性があってしかりであろうと はい。

Re: JJさまへ

>  おおっっと!! そ~なんだ! 「あの」・・・INUの狂犬 町田町蔵が、芥川賞受賞作家の 町田康だったとは!(><)

クラシック畑からロックへ来なはったアンタにゃあ 当時のPUNKは衝撃でしたわナ?

ってか ダレひとりとして PUNKに『すぐれた演奏技能』なんて期待すらしませんから(笑)

PUNKってのは、音楽の形式である以上に、ある面では 新機軸の「パフォーマンス形式」なんですよん。

知ってるかヤ?世界最大のPUNKバンドは ローリンウストーンズ それやゾ・・
およそ半世紀って時間 ズ~っと楽器に触れてるのにかかわらず・・・あの ド下手さこそが「PUNK」そのものだ いひいひ♪

Re: 長生きの秘訣さんへ

 長生きの秘訣さん いつもありがとうございます♪

> 町田康さんは、まだまだパンク魂を失っていませんなぁ♪
> リクさんも書いておられるように、その才気と筆の力で、見事 芥川賞をとり、そうした上で・・・
> この国にはびこる ガチガチゴリゴリの 既成の「権威」とやらに、パンク精神で ガチの喧嘩を仕掛けたのだと♪

古典作品を コテンコテン(シャレでわにゃい)(^^; にしたのではなくってコレは。
本来有している 古典 それの魅力や可能性を ワザとに閉じているとしか思えない 現代の間違った 古典への扱いを町田センセはブッた斬ってるのですネ ええ。

> 小生思いますに、古くより伝わるおおもとのハナシを 当世流にアレンジして 大衆をおおいに楽しませる「戯作者の作業」は とても大事で必要だと思います。

「古典の権威」にひれ伏すってよりも、もっともっと大切なのは、「面白い!」ってひとりでも多くのヒチに そう思わせるための 工夫であり作業こそが大事だと。
オカミがどんだけゴリ押ししようとも、若者らは つまんないモノは スグにポイ捨てしてしまうんです ええ。
「ガマンしてでも読め!」の姿勢ではなくて、」って「このスタイルでなら読んでど~ヨ♪」それこそがエンターテイメントの基礎中の基礎でありましょうと♪

Re: Pierrot le fouさまへ

 Pierrot le fouさん いつもありがとうございます♪

> 勉強不足で全く知る由もなかったそれに punk は好きじゃなかったし・・・
> でも、 なんていうか
> 言葉一つ一つが生きている

ぶっちゃけ 80年代における 日本のPUNKは 玉石混交であったと思えます はい。
PUNKにとって不幸(?)だったのは、時期的に そのあとに到来した『テクノブーム』と融和ってより「溶けちゃった・・」って状況があって。
じっさい 長髪でフォークギターかき鳴らしてたウチとこのオヤジが・・・
突如!髪切ってハデハデ衣装着て『ワシはスタイル変えたから!』って、一瞬 マジで発狂したか??って思って(笑)(^^;
ったなら、てっきりPUNKかと思えば、テクノの方のジャンルでして ええ。でもそれの確実な相違点ってのあ日本の場合だとゼンゼン見分けがつきませんデネ。


> 文章を読み進めて行くたびに、一つ一つの言葉がニョッキ、ニョッキととびだしてくる
> 面白いね〜
> 才能があるというのはこういうことを言うんだろうね

ピエロさんが「おもしろい」と感じた背景には、60年代におけます 野坂昭如サンの 実験的な手法による小説の発表(「エロ事師たい」「ゲリラの群れ」)
それらをリアルタイムで体験したっていうデジャヴ感が作用しているのでは?
既成のモノに 風穴を開ける作業を果敢に実行するって姿勢は 興味出ますよネ?わたいもまさにそれですし ええ。
既成の権威を打ち消し去るには ナニも汚い言葉であるって必要もないです、
むしろ、持てるインテリジェンスをフルに活用した手法で、『や~い♪』って 嘲笑ってやる町田センセの攻撃手法に粋なモノを感じるのですが。

> 久々ほんものに出くわした
> なんだろう・・・

ただ・・町田康とは、ホントの意味での 10割バッターなどではございませんで・・・
ぶっちゃけ・・『こらシッパイ作やナ・・(--;」ってのも 案外と多いでス(^^;
でも、その「ダメさぶり」を自己韜晦で隠すよな作業もせず 「さらけ出す」それに 潔さを感じるのです はい♪

> 3月に甲府から戻って来て以来、ずっと酷く厭世的な気分に陥ってて・・
> そんな中で忘れていた笑いを取り戻した気分^ ^

 なによりでございます♪
つまらん世の中に見えてても、フト…角度を替えて眺めるならば、面白く 微笑める事象はイッパイございますから ええ♪
プロフィール

港のリク

Author:港のリク
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港で働く ジツはとっても気の荒い(?)アンちゃん・・・ですが、産まれついてのホルモン分解異常の関係で♂なのにEカップの胸の持ち主 という混沌としているわたしです。

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